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【 めぞん 】 /
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「なに泣いてるの?」

答えの代わりに返るのは、嗚咽。

「ごめんなさい。こういうとき、どんな顔すればいいのかわからないの。」

レイはシンジを正視できなかった。

自分の中に芽生えつつある感情から、逃げ出すように顔を背ける。
 
 

「笑えばいいと思うよ。」
 
 

そう言って微笑んだシンジは、泣いていた

レイの瞳がシンジのそれに吸い寄せられる。

見つめ合う、瞳と瞳。

 
 

そして、少女は微笑んだ。

初めての感情に戸惑いながら。

だが、その微笑みはすべてを包み込む優しさと、暖かさを持った母性の微笑みだった。

綺麗だった・・・
 
 





 
戦の後
”YASIMA” Version
Writing by HIDE




 

森は、尽きることのない生命の息吹を感じさせてくれる。

少ないながらも、自然の恵みに感謝した鳥たちは歌を、動物たちは踊りを、それぞれ捧げる。
 
自然はすべてを包み込む母性の象徴。

成長し、そこから自立出来たのは、人間だけだ。

しかし、人間もいずれ母に焦がれるときが来るだろう。

母がそのときに生きているかどうかは別として。
 
だが、それは飽くまでも昼間の陽光に照らされた森の話

時が満ち、太陽の恵みが失われた森は、闇と静寂とが支配する魔性の杜となる。
 
闇を畏れる鳥や小動物は身を潜め、闇を依り所とする凶暴な肉食獣が獲物を求めて徘徊する。 

そんな夜の杜に二人はいた。

身を寄せ合い、助けを待つ二人に、横暴の限りを尽くす夜の闇は食指を伸ばしている

しかし、天心にさしかかった満月の光はそれを許そうとはしなかった。

その周辺のみ焦土と化した杜の中、月明かりに照らされて佇む二体の巨人。

科学と言う名の人間の下僕。

そして、その傍らに座り込む一組の少年少女。
 
 

 
 

「碇君、この手・・・。」

レイはしっかりと握られたシンジの手に、何か違和感を感じて口を開いた。

シンジはごく自然にレイの手を取り、レイもまた嫌がるそぶりは見せていなかった。

だから、シンジはレイの手を握ったままでいた。

「えっ?ああ、なんでもないよ。ちょっと火傷しただけ。」
 
それを聞いたレイは繋がれていた手を離し、確認してみた。

おぼろな月明かりでも確認できるほどにただれている。

融解したプラグスーツの繊維が皮膚と融合していた。

触れるだけでも激痛が走るであろうことは想像に難くない。

シンジはちょっとばつが悪そうに顔を背けたが、レイを安心させるためにもう一度強がって見せた。
 
「大丈夫。本当に大したことないから。」

「・・・そう。」

レイはうつむいてそれだけ言うと、シンジの手を離した。

それから、助けが来るまで小一時間、二人が言葉を交わすことはなかった。
 
 

 
 

「ああ!もう、なにもたもたしてんのよ!」

指揮車両の傍らで、葛城ミサトは誰にともなく罵声を吐きかけた。

その視線の先ではNERVのスタッフが必死に作業をしている。
 
彼らにしてみれば自分たちの出来る限りのことはしているのだ、責められる筋合いはない。

ミサトもそれはわかっているのだが、一刻も早くシンジの元へ駆けつけたいがためにいらいらしている自分を押さえることが出来なかった。 
 
「そうカリカリしてると、ますます嫁の貰い手がなくなるわよ。」

見かねたリツコが諫める。

内容からすれば煽っているようなものだが、付き合いが長い二人だ。

この状況でこれくらいの軽口は許される

「うっさいわね!あんたも人の心配してる場合じゃないでしょ!」

アクシデントはあったが、使徒はヤシマ作戦により殲滅し、現在はその後始末に大わらわと言った状況である。

ちなみにアクシデントとは、一発で仕留められなかったことと、使徒の攻撃及び過剰な負荷により、変電施設がいかれてしまったことだ

よって、現在ここに供給されている電力は持参した数少ないバッテリーと、携帯用の懐中電灯程度である。

「私はいいのよ。素敵な恋人がいるから。」

ミサトの反撃にリツコがうそぶいた。

「ど、どこの誰よ?!そんな物好きは?!」

ミサトが血相を変える。

今にも掴みかからんとする勢い。

危機感を持っているのは明らかだ。

それを見てリツコは悪戯っぽく笑みを漏らす。

その見事に染め上げられた金色の髪と抜けるような白い肌は、青白い月の光を反射していつもより神秘的な輝きを放っている。

彼女は夜の闇に映える美しさを持っているようだ。

ミサトとは対照的である。
 
「素敵な人よ。いつも私の側にいてくれるの。」

「だから誰よ!」

ミサトはとうとうリツコの肩を掴んだ。

リツコにはそのミサトの剣幕が面白くてたまらない。

「教えてあげる。・・・確かNERVって名前だったと思うわ。」

ミサトががっくりと肩を落とした。

「脅かさないでよ。それにしても、今時仕事が恋人なんて流行らないわよ。」

「あら、悪くないと思うけど。」

「・・・あんただけには、ずぇったい負けないからね。」

二人が不毛な言い争いをしている間も復旧作業は続けられていた。

だが、電力不足は如何ともしがたく、作業は遅々として進まない。

「復旧なんて待ってらんないわね。後はよろしく!」

ミサトはリツコに後のことを一任すると、一番近くにいた作業員から懐中電灯をひったくって道なき道へと歩を進めた。

ミサトに懐中電灯を奪われた作業員は、作業道具を奪われた恨めしさと、休む口実が出来た嬉しさとがない交ぜになった視線でミサトを見送った

だが、彼に休息は与えられない

「昔っからせっかちなんだから・・・。あなた、悪いけど葛城一尉に付いて行ってちょうだい。一人じゃ危ないから。」

リツコにそう言われた作業員は、自分の運命を呪いながらも立ち上がり、ミサトの後を追った。
 
 

 

 
シンジはただ、そこに居た。

隣にレイが居る。

それだけでいい。

それだけで安心出来る。

言葉はいらない。

むしろ静寂が心地いい。

不思議な気持ちだ。

今までに感じたことのない空気。

いや、どことなく記憶の角に残っているような気もする。

だとしても、ずっと昔。

独りになる前に感じたことのある感覚。
 
 
 

「シンジくーん!レーイ!」

静寂を破って聞き慣れた声が響く。
 
「ミサトさんの声だ!」

シンジはもう少しこのままでいてもよかったが、そういうわけにもいかない。

「こっちです!ミサトさーん!」

立ち上がって合図を送る。
 
ふと、動こうとしないレイが気になって声をかけた。

「綾波、立てる?」
 
そう言って手を差し出す。 

レイはしばらくその手を見つめていたが、それには触れずに立ち上がった
 
 

「シンジ君!レイ!怪我はない?」
 
いつの間にかミサトは二人のすぐ側まで来ている。

「私は大丈夫ですが、碇君が・・・」

「あ、大したことないです。ちょっと火傷しただけで・・・。」

レイの言葉をあわててシンジが遮る。

ミサトが一つため息をついた。

この子はいつもこうだ。

人に心配させまいとして、嘘をつく。

いや、自分を隠しているのかもしれない。

一緒に暮らし始めて、一月あまり。

常にシンジの心は薄いヴェールに包まれている。

最初は自分の接し方が悪いのだと思っていた。

彼女も慣れていなかったから。

だが、最近ようやくわかってきた。

ああ、こういう子なんだ。

私と同じなんだ、と。

「ちょっと見せてみなさい。」

ミサトは強引にシンジの手を取り、開かせた。

シンジの様子で負傷箇所はすぐにわかった。

あわてて手を後ろに隠したからだ。

「酷いわね。すぐに手当しなきゃ。」

ミサトはシンジの手首を掴んだまま、今来た道を引き返す。

レイも無言でその後に続いた。
 

 

 
 

 
「リツコー!医療班どこー?!」

呼ばれたリツコは施設の損傷可能性がある箇所をリストアップし、作業員に的確な指示を出していたところだった。

医療班の配置位置すら把握していないどこぞの作戦部長とは大違いである。

そのリツコのおかげで復旧作業はあらかた終了し、辺りは人工の光で目映いばかりだ。

「あら、早かったわね。こっちもだいたい片づいたわ。医療班ならあそこだけど、どうかしたの?」

リツコが顎で指し示した先には赤十字がプリントされたワゴン車が停まっている。

「うん、シンジ君がちょっちね。」

そう言ってそそくさとそちらへ向かう。

だが、口は災いの元。

リツコはつかつかとシンジに歩み寄ると、先ほどミサトがシンジにしたのと同じ行動を取った。

「どうしてこんなことになったの?」

「あ、あの・・・」

シンジはリツコが苦手だ。

ミサトと違って人当たりの良さがない。

時折冷酷ともとれる表情をかいま見ることがある。

シンジをまるで道具のように扱うこともあった。

少し緊張しながらシンジは答えた。

「綾波が心配で、零号機のハッチを・・・」

「あの状況で開けたの?素手で?」

リツコの柳眉がつり上がる。

だが、それはほんの一瞬だけで、目の前のシンジさえも気が付かなかった。

「はい・・・。」

リツコは少しだけ間を置いてから、優しい声を出す。

「そう・・・。気をつけてね、あなただけの身体じゃないのよ。早く手当してらっしゃい。」

隣で聞いていたミサトは当然リツコのきついお小言が始まるものと思い、どうシンジを弁護しようか考えていたが、意外な展開に拍子抜けしてしまった。

「し、シンジ君、行きましょう。」

ミサトは怖いものでも見るかのようにリツコを一瞥すると、シンジの手を引いて医療車へと向かう。

それを見送りながらリツコは顔に影を創り、小さく呟いた。

「やっぱり、親子なのね・・・。」

言ってしまってから、傍らにいるレイに気が付いた。

取り繕うように声をかける。

「あら、レイ、居たの。あなたももうあがっていいわよ。車を用意してあるから先に帰りなさい。」

「はい。」

しかし、そう答えたレイは、シンジたちの後を追った。

リツコはそれ以上なにも言わずに自分の仕事へ戻ることにした。

 
 

 

「まあ、若いうちは新陳代謝が活発ですから、しばらくすれば傷も残りませんよ。」

医師は本人よりも心配そうにしているミサトに微笑みかけた。

ミサトの顔に安堵の表情が浮かぶ。

「ただ、少し手当に時間がかかりますが・・・」

少し冷たい視線と表情で付け加えた。

ここでの最高責任者がこんなところで油を売っている場合じゃないだろう、とでも言いたげだ。

ミサトは悪戯を見つかった子供のような笑いでごまかす。

だが、相変わらず医師の視線は冷たい。

「シンジ君。私はまだ仕事があるから・・・。終わったら先に帰ってなさい。車を用意しておくわ。」

ミサトは名残惜しげにシンジに指示を出し、医療車を降りた。 
 
 
 

「ごっめーん!迷惑かけたわね。」

謝られた方は別の意味で迷惑そうだ。

「あら、戻ってこない方がはかどるのに。」

「どうゆう意味よ!」 

「そのままよ。」

事実その通り

ミサトは再生よりも破壊の方が得意である。

デスクワークはまったく駄目。

立案する作戦は奇抜・・・と言っては少々誉めすぎだろう。

要するにすっとんきょうなのだ。

だが、成功の実績だけは誰にも負けない

さもなければ、この若さで作戦部長などと言う要職に就けるはずもない。

ミサトを知る者は彼女の地位に揃って首を傾げる。

だが、彼女をさらによく知る者は、その突拍子のない行動に、理論によって緻密に裏付けられた結論と、揺るぎない信念とがあることを知っている

そんな存在は今のところリツコ以外には見あたらないが・・・
 
 

いずれにせよ、ミサトがこういった仕事に向いてないのは確かだ

リツコにとっては迷惑以外の何物でもない

だが、最高責任者であるミサトを無下に扱うわけにもいかない

中間管理職の悲哀に近いものがある。

よって、リツコはミサトを適当にあしらうことにした。

「ところで、レイの様子がおかしいんだけど、何か心当たりはない?」

意図的に仕事の話題を避ける。

それに、先ほどから気になっていたのも確かだ。

「えっ?レイ?そう言えば・・・」

そう言われて初めて、ミサトは気が付いた。

シンジを見つけてからずっとレイがくっついていたことにだ。

その姿を探すと、シンジの治療をしている医療車の側に立っていた。

「帰るよう言ったのに、さっきからずっとあそこにいるのよ。変だと思わない?」

ミサトはしばらく考え込んでいたが、何か得る物があったのだろう、やがて不気味に唇を歪めた。

「やめなさいよ。気味悪いわね。」

見かねたリツコが眉をひそめて忠告する。

これだから29にもなって独身なのよ。

自分のことは棚に上げて酷いことを考えていた。

しかし、ミサトの顔に張り付いたニヤニヤ笑いは剥がせない。

その視線はさも面白いものでも見るかのようにレイに固定されている。

「鈍いわねぇ、あんた気づかないの?那須与一が射留めたのは小舟の扇のみにあらず、ってことよ。シンちゃんも角に置けないわね。」

だが、リツコはその意見には賛成しかねた。

相手がレイでなければ当然導き出される結論だろう。

リツコにもそれはわかる。

だが、レイに限っては・・・。

その先入観がミサトの言葉を完全に否定していた。

思わず口を滑らせる。

「それはないと思うわ。だってレイは・・・」

「レイがなんなのよ?」

「何でもないわ。」

明らかに何か隠しているような口調だ。

言っている本人でさえも馬鹿らしい。

しかし、今は話すべき時ではない。

リツコは不審に思われようとも口をつぐむことを選んだ。

だが、面白いものを見つけて機嫌がいいのだろう、ミサトは深く追求しなかった。

「あんたまーだなんか隠してるわね。まあいいわ、また今度ゆっくりと聞かせてもらうから覚悟しときなさい。さて、今はお仕事お仕事。」

そして、作業員たちを混乱に陥れ始める。

「ちょっと、こっちどうなってるの?あっ、それは後でいいから、こっちを手伝ってちょうだい。それから・・・」

リツコはまたため息をついた。

使徒の襲来が始まってから彼女のため息の数は飛躍的に増えた。

原因の半分は仕事。

楽天的な作戦部長もそれに含まれる。

後の半分は・・・。
 
 

「今日も徹夜ね。」

あきらめたように呟いたリツコの視線の先では、治療を終えたシンジと、それを待っていたかのようなレイが二言三言言葉を交わしていた。

そして、二人一緒に用意されていた車両に乗り込み、帰路につく。

リツコは信じられない物でも見たかのように大きく目を見開いたが、すぐに平静を取り戻し、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。

「まさか・・・、ね。」

 
 

 
 

シンジは車の窓から沈みつつある満月を眺めていた。

時折木々のシルエットがその光を遮り、シンジの顔にも影を創る。
 
 

月って、綾波みたいな感じがするな。

違う、綾波が月みたいなんだ。

よくわからないけど、そんな感じがする。

月の光は冷たい。

でも、夜の闇を照らすただ一つのもの。

だから月が出ていると安心する。
 
 

「ねぇ、綾波・・・。」

綾波って月みたいな感じがするね。

シンジは自分の感じたことを素直に伝えようとして、やめた。

隣ではレイが小さな寝息を立てている。

すでに午前3時を回っていた。

それに、今回の戦闘は特に激しかった。

疲れていて当然だ。

シンジも体中が悲鳴を上げていたが、何故か眠くはなかった。

眠っているレイの横顔をぼんやりと眺める。
 
 

綾波って、笑うとあんなに綺麗なんだ・・・。

また、見せてくれるかな?

笑顔だけじゃなくて、もっといろんな綾波も見てみたいな・・・。
 
 

二人を乗せた車は急カーブにさしかかり、軽く横にGがかかる。

熟睡しているレイはそれに身を任せ、シンジの方にもたれかかった。

シンジはレイが目を覚ましてしまうのではないかと心配したが、どうやらその様子はないようだ。

そのままレイに肩を貸してあげることにした。

レイと触れ合う部分の暖かさが心地いい。

「綾波のにおいがする・・・。」

そう呟いてしまってから、自分の言葉に顔を赤らめ、また窓の外に視線を向けた。
 
 

 
 

「綾波。ねぇ、綾波。着いたよ。」

シンジの声にレイが目を覚ます。

「疲れてるんだろ?早く部屋に戻って休んだ方がいいよ。」

レイはドアを開け、外に出た。

シンジに背を向けたまま口を開く。

「お疲れさま。それじゃ、さよ・・・」

そこで口をつぐみ、少し顔の角度を変えると、シンジの方を横目で伺いながら言い直した。

「おやすみなさい。」

シンジは満面に笑みを浮かべ、力一杯応じる。

「うん、おやすみ!」
 
 

シンジは帰ってからも結局眠れなかった。
 

 
 

二人の戦士には数日の休息が与えられた。

二人に限らず、使徒が襲来する度に第三新東京市の機能は停止するのだが・・・。

葛城家は以前の生活に戻っている。

ベランダからは少々強すぎる朝の日差しがさしこみ、早起きのペンギンは主夫に朝食をねだる。

「ごめんよ。これだからちょっと薬臭いかもしれないよ。」

そう言ってシンジは両手の包帯をペンペンに見せると、それでも餌皿にはいつも通りに魚を置いた。

「ミサトさーん!そろそろ起きなくていいんですか?」

二人と一匹で構成されたこの一家の主は、まだ寝ている。

金だけ払って何もしない、セカンドインパクト前の日本政府のような彼女は、嫁入り前の娘とは思えない声を返した。

「うー、今日は昼からの出勤でいいのよぉ、・・・だからもう少し寝かせて・・・。」

丁度その時、玄関から必要以上に元気な声が響く。
 
 

「いっかっりっくーん!」
 
 

例の二人だ。

「それじゃ、ミサトさん。いってきます。ご飯は用意してありますから、起きたら食べて下さい。」

「ありがと。いってらっさい。」

シンジは玄関で期待に胸を膨らませているであろう二人が落胆する表情を思い浮かべながら、包帯に包まれた手で燃えないゴミの入った袋を掴み、玄関に向かう。

健気だ。

男なら誰しもこんな妻を望むことだろう。

だが、悲しいかなシンジは男だった・・・。
 
 

「おはよう。トウジ、ケンスケ。」

「おはようさん!」

「おはよう。シンジ。」

そして、男二人がユニゾンで身を乗り出す。

「で、ミサトさんは?!」

シンジは想像通りの展開に苦笑を漏らした。

「まだ寝てるよ。ここ2、3日忙しかったみたいだから。」

二人の顔にはっきりとそれとわかる落胆の色が浮かんだ。

これもシンジの想像通りだった。
 
 

「シンジ。その手、どないしたんや?」

「ああ、これ?この間のでちょっと・・・」

「やっぱりあの停電のときか?!くっそー、少しくらい危険でも見に行くべきだった!」

「おまえ、まぁだ懲りんのか?」

「巨大ロボット!血沸き肉踊る戦闘!これは男のロマンだよ!そう思うだろ、シンジ?」

シンジは曖昧に笑みを返す。

いつもの朝。

いつもの通学路。

見慣れた友達。

聞き慣れた声。

だが、シンジにとって今日は少しだけ違う。

いや、変える。

シンジには一つだけやっておきたいことがあった。

少し遠くの交差点から一人の少女が現れる。

はっきりそれとわかる青みがかった淡い藤色の髪。

それを見つけたシンジは全速力で駆け出した。

「なんや?どないしたんや?」

「おーい!一体どうしたんだよ?シンジー!」

呆気にとられた二人の悪友は、シンジの背中に声をかけることしか出来なかった。
 
 

 
 

「綾波!」

レイが驚いたように振り返る。

実際驚いていた。

通学途中に声をかけられるなどとは思ってもみなかったから。

自分に声をかける人間がいるということ自体、信じられなかった。

だが、シンジが手を振りながらもの凄い勢いで駆けてくる。

レイは何事かと立ち止まり、シンジを待った。

「はぁ、はぁ。やっと追いついた。」

「どうしたの?」

レイが不思議そうに尋ねる。

シンジはひとつ汗を拭うと、さわやかに言った。
 
 

「おはよう!綾波!」
 
 

「・・・。」

レイはその真意を探るかのようにシンジの瞳を見つめている。

シンジが息を飲む。

やがて、レイはきびすを返し、学校へ向けて歩き始めた。

だが、シンジは聞き逃さなかった。

彼女が振り返りざま、小さな声で

「おはよう。」

と応えたことを。

シンジは満面の笑顔でレイの背中を見送った。

 

「何だよシンジ。いきなり走り出したりして。」

「あれ、綾波ちゃうか?ははーん、やっぱりあいつに気があるんやろ?」

置き去りにされた悪友どもが追いついてくる。

だが、シンジにはそんな雑音は聞こえていない。

端から見れば滑稽なほど嬉しそうに微笑みながら、レイの背中を見つめていた。
 
 

そう、今はこれでいい。

ここから始まるんだ。

いつかあの微笑みを毎朝見られるようになるまで・・・。
 
 

 
 

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Ver.-1.00
ご意見・ご感想はhide@hakodate.club.ne.jpまで!

<あとがき>
 

春に観た
微笑みレイを
忘れるな
アヤナミスト心の俳句
 

 HIDEさんの『戦の後』、公開です。
 

 「アスカに転びつつある」と言っていたHIDEさんですが、
 ベースはやっぱりアヤナミスト。

 綾波のレイちゃん。
 彼女の仕草、
 彼女の変化、
 一言、行動・・・

 丁寧に描かれていますね・・・あぁ・・アヤナミストの愛・・・
 

 めぞんのアスカ人、負けるな!(笑)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 感想メールに俳句を書いてお返ししましょう(^^)


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