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 −A.D.2017年8月

 

 葛城ミサト”元一尉”は第二新東京国際空港に降り立った。

 到着ゲートを出た彼女は都心へのシャトルバス乗り場へ向かいかけ、ふと歩みを止めた。

 (せっかく帰ってきたんだから・・・やっぱり先ずあれね)

 

 ミサトは転がしてきたスーツケースのグリップを握り直すと空港ビル最上階のラウンジに行くためにエレベーター乗り場へと向かった。

 


【ミサト・カム・バック】 2YEARS・AFTER外伝(1)


作・H.AYANAMI


 

 窓際に席をとったミサトは、注文を取りに来たウェイターに尋ねた。

 「エビチュビールありますか?」

 「はい、ございますが・・・・・」

 

 

 運ばれてきたエビチュのアルミ缶の中身を、ミサトは添えられたグラスには移さずそのまま口に運び一気に呷った。

 「う、うまい」

 懐かしい味に彼女は思わず言葉を発した。



 (・・・2年か・・・)

 懐かしい味はまた彼女を過去への回想へと導いていった・・・・。






 

 あの日、5体の白いEVAがジオフロント内へ侵入した時、碇ゲンドウは言った。

 「奴らのターミナルドグマ侵入を許してはならない。葛城三佐、本部を自爆させろ、彼らを殲滅するのだ、ジオフロントと共に」

 客観的に見て、既に彼らを殲滅するための方法は他に残されていなかったが、彼らは使徒ではない、それほどまでに彼らの殲滅にゲンドウが拘るのかミサトには理解できなかった。

 不審げな表情を向けたミサトにゲンドウは言った。

 「奴らの目的はサードインパクトを起こすことだ。すなわち彼らは使徒と同じだ」

 「・・・分かりました」

 

 

 

 未だ発令所に残っていた要員に待避を命じた後、ミサトはセントラルドグマ最深部へ下りた。白いEVA達の攻撃によって、既に回線は切断され発令所から自爆装置を作動させることは不可能になっていたからだ。

 既に自らの生存は考えられない状況になっていた。自動制御システムが破壊された以上、侵入者を殲滅するにはタイミングを計って自ら自爆装置のスイッチを押す必要があったからだ。

 すべての安全装置を解除し、後は一つのボタンを”押すだけ”にし終えたその時だった。ミサトは頚部に強い衝撃を受けて意識を失った。

 

 意識を取り戻して眼を開けたとき、彼女の身体はカプセルの中に横たえられていた。

 目の前にいたのは碇ゲンドウだった。制御システムの破壊を知って、彼はミサトに代わり自爆装置を作動させるため後を追ってきていたのだった。

 「・・・どうして!?」

 ミサトの意識が戻ったのを見て、ゲンドウは心なしか済まなそうな顔になった。

 「・・・いきなり殴ったりして悪かったな・・・・」

 

 二人のいる部屋に爆発音が響いた。ついに白いEVA達はアダムの元に達したらしい。

 

 ゲンドウが言った。

 「それではな葛城君。シンジ達のことを宜しく頼む」

 「・・・碇指令!?」

 ミサトの意識の中でゲンドウの顔に彼女の父の顔が重なった、15年前のあのときの顔が・・・。

 ”プシュ”

 カプセルが閉じられた。次の瞬間、緊急脱出用のリニアシューターが作動してカプセルが射出された。強烈な加速がミサトの身体を襲い・・・再び、彼女は意識を失った・・・・・。

 ネルフ本部施設のすべてが爆発してEVA達と共に消滅したのはそれからまもなくのことだった。

 

 ミサトが再び意識を取り戻したとき、彼女を乗せたカプセルは芦ノ湖の水面に浮かんでいた・・・・・。

 

 戦略自衛隊の手によりミサトは保護された。そしてその身柄は国連軍に引き渡された。

 NERVは国連所属の機関であった。その組織としての独立性は極めて強かったとは言え、葛城ミサトは本来は国連軍士官であり形式的にはネルフへの出向者だった。

 国連軍事法廷は葛城ミサト三佐を訴追した、国連所属施設であるNERV本部爆破の責任者として。組織は常にスケープゴートを必要としていた。

 

 ・・・・・結局のところ彼女は有罪を免れた。”直接に手を下した”のは彼女ではなかったことが認められたからだった。

 だが無罪放免された筈の彼女を待っていたのは一尉への降格処分とアフリカのある地域における平和維持軍への派遣命令だった。

 セカンドインパクト後の世界にあっても地域紛争は依然活発だった。その地域は極めて危険な地域として知られていた。敵対する両陣営とも極めて攻撃的で所有火器もなかなか強力だった。国連軍は海上航空戦力の優位によって彼らを牽制していたが、陸上では時として彼らの攻撃により大きな人的被害を被ることも多かった。

 そのような地域への派遣が、裁判の直後に行われたのは極めて意図的なものであることは明らかだった。それはミサトへの事実上の”処罰”だったのだ。

 しかしミサトは粛々と命令に従った。使徒の殲滅という大目的を果たし愛する者さえ失った彼女にとって残りの生はそれほどの意義のあるものではなかったし、あるいはそこで死ぬこととなってもそれを受け入れる覚悟はできていたからだ。心のどこかで自分の死を望んでいたかのもしれなかった。

 彼女の駐屯地は大規模な難民キャンプの近くにあった。時としてキャンプは攻撃対象となることがあり、その度にミサトの部隊は否応無く戦闘に巻き込まれた。砲弾が彼女の至近に着弾して同僚達に死者が出たこともあったが、不思議に彼女が致命的な負傷をすることはなかった。

 そんな戦闘の後、ビールを飲みながら彼女はよく思ったものだった。

 (皮肉なものね・・・私は死に神にさえ見放されているのかしら?)

 

 突然、彼女は呼び戻された。一応は本部の要員だったが書類仕事だけの閑職だった。そんなとき1通のメールが彼女の元に届いた。

 


 

 ミサトは思い出したようにテーブルの上のアルミ缶を見た。口へ運ぶ。

 残ったビールは既に生温くなっていた。

 缶をテーブルに戻すと彼女は席を立った・・・。

 

**

 

 −第二新東京市内のホテル

 

 ミサトは自分の部屋で電話をしていた。

 「お帰りなさい、葛城さん」

 市内通話である筈にも関わらず、何故か相手の声はくぐもって聞こえた。

 「・・・ありがとう」

 「シンジ君達ですが、実は会長・・彼の曾祖母が亡くなりまして少々取り込んでいます」

 「・・・そうですか・・・それでは?」

 「明日、本葬が行われますので、もしお会いになりに行かれるなら明後日以降になさった方が良いと思います」

 「・・・分かりました」

 「・・・葛城さん、宜しければシンジ君達に会う前に、私と会っていただけませんか?」

 「はい、是非お会いしたいです」

 「それでは明日の夕方、6時にホテルの方に伺います」

 「・・・お待ちしてます」

 「それでは」

 

 電話をおいたミサトは今更ながらの感慨を抱いていた。

 (加古という人物はいったいどういう人なのだろう)

 

 1ヶ月ほど前、ネオドイツ・マインツの国連軍本部に勤務していたミサトの元に加古からのメールが届いた。それはシンジとレイの消息を知らせるものだった。

 そのメールには二人が碇家に引き取られ、今は平穏に暮らしていることなどが書かれていた。

 ミサトにとってその知らせは何より嬉しいものだったが、同時ひどく奇妙な感じを抱いた。加古という人物に何の心当たりも無かったからだ。何故、加古は自分のことを知っているのかが不思議だった。

 ミサトの脳裏にある人物の顔が浮かんだ。だがそんなことはあり得ないとすぐにうち消した。

 

 メールには自分は碇家の関係者であるとしか書かれてはいなかった。なぜミサトのことを知っているのかについては何も書かれてはいなかった。

 常識的に考えれば、メールそのものの内容を疑うべき状況であった、だがミサトは信じた、その内容を。或いは、信じたかった、というのが本当のところかもしれなかったが。

 その後も何度かメールを交換した。そうしている内に分かったのは、使徒と戦っている頃のミサト達のことを加古がよく知っているらしいことと、シンジ達にはミサトの生存は知らされておらず、加古は独自の判断でミサトに連絡しているらしいことだった。

 それらのことについてミサトは尋ねたが加古は明快な回答をしなかった。ただ”そのうちに分かるときが来る”と言うだけたっだ。

 日を追うごとに、ミサトは二人に会ってみたいという気持ちが自分の中で膨らんでゆくのを感じていた。その気持ちを彼女はメールで加古に告げた。未だ正体の分からぬ相手ではあったが、加古以外に相談相手は見あたらなかった。

 加古の答えは単純にして明快だった。

 ”軍を辞め、日本にお帰りなさい”

 

 

 辞職願いは意外なほど簡単に受理された。あたかもミサトが自分から辞めると言い出すのを待っていたかのようだった。およそ10年ぶりに、彼女は”ただの”葛城ミサトになった。それは不安でもあったがそれ以上に何か重い荷物を放り出したときのような開放感を彼女は感じることができた。

 そのきっかけを与えてくれたのが加古リョウイチであるとミサトは思っていた。数回のメールを交わしただけの相手の筈なのに、何故かその存在はミサトの中でとても大きなものになっていた。本当のところ、ミサトが帰国を決意したのはシンジ達より、むしろ加古に会いたいという思いの方の影響が強かったのかもしれなかった。

 

**

 

 −翌日

 

 ミサトは既に着替えを終えていた。それは昼間、街で購入したばかりのドレスだった。いまはドレッサーに向かい念入りに化粧をしている。初めて会う加古に良い印象を与えたかったのだ。

 ふと鏡に映った時計を見た。既に6時を回っている。

 (・・・おかしいわね)

 

 ・・・それから更に30分が経過した。ミサトの我慢は限界に達しようとしていた。

 (・・・・・私をここまで待たせた男は初めてね)

 着ていた深紅のドレスを脱ごうとしたとき、電話が鳴った。

 「はい!」 思わず大声になる。

 「・・・・遅くなりました。加古です・・・葬式の片づけに手間取りまして、いま下に来ています」

 「・・・・・分かりました。すぐ下りてゆきます」

 加古のその声は、彼女のよく知っている者の声に似ていた。

 (まさか・・・・・まさかね・・・)

 

 ミサトがエレベーターを下りてロビーに向かった。そこにはいくつかのソファーセットが置かれており何組かの客達が談笑していた。ふと見ると窓際の席に座る一人の男がこちらに向かい手を振っていた。

 彼女は男の方に近づいていった。既に男は喪服らしい黒い上着を脱いで傍らに置いており、ネクタイもしていない。Yシャツの第一ボタンさえ外していた。超一流とは言えないにしろミサトの宿泊するこのホテルはそれなりの格式を持っている。加古のその風情はいささかその場に相応しくなかった。

 ミサトは思った。

 (初めての女性に会うと言うのに随分失礼な奴ね)

 ミサトが座らぬ内に、加古は言った。

 「葛城さん、魚の美味しい居酒屋があるんですが、宜しければこれからご一緒に行きませんか」

 「・・・・居酒屋ですか!?」

 ミサトは呆れていた。

 (せっかく、めいっぱいドレスアップしてきたと言うのに、しかも大枚叩いて・・・それなのに居酒屋!?)

 だがミサトは”魚の美味しい”と言う言葉に惹かれた。やはり日本の味が恋しかったのだ。

 加古が尋ねた。

 「お嫌ですか?」

 「・・・・いえ、ご一緒しますわ」

 二人は席を立ち、玄関へと向かった。

 

 

 加古に案内されてきた、第二東京大学近くのその店をミサトはよく知っていた。学生のころよく通った店だったからだ。外観も店内も10年前とまったく変わってはいなかった。数々の懐かしい思い出が甦ってきた。加古は店の奥、畳敷きの部屋へ彼女を案内した。

 ミサトは向かいに座った加古の顔を見つめながら考えていた。

 (この男が私をここへ連れてきた真意は何?単なる偶然、それとも私の昔のことさえ知っているっていうこと?)

 加古はミサトの自分を見つめる視線などにはまったく頓着せず、注文を取りに来た女の子と品書きについてあれこれ話している。

 「それじゃあ、取り合えずビール2本、エビチュが良い・・・・それから本日の特撰舟盛り、ほっけ、ししゃもに烏賊素麺・・・それと貝の焼き物セット・・・からすみある?それじゃ2人前」

 ミサトの好みも聞かず次々と肴を注文してゆく加古。だがその「無礼さ」よりもミサトの心を占めていたのは次のようなことだった。

 (こいつはいったい何者なの?ビールの好みどころか、私の肴の好みまで知っている。そんなことは私の身上調査書にさえ書いてはいない筈なのに)

 注文の品を確認し終わり店の女の子がその場を去った。

 ミサトは加古に尋ねた。

 「貴方は一体、何者なの?私の肴の好みまでよくご存じみたいだけど」

 だが加古は笑って次のように言っただけだった。

 「・・・後で話しますよ・・・それより今晩は思い切り飲んで、食べてください。ここなら私の薄い財布でも大丈夫ですから・・・・・」

 

 初めの内、ミサトは加古に対する警戒心からあまり酔えなかったが、懐かしい味に舌鼓を打ちつつ飲み進む内にはそれも忘れ、次第にピッチがあがってきた。その量がどれはどのものかは定かではないが、ビールや焼酎の空き瓶、料理の皿の片づけに店の女の子が既に5往復したところから見て、それが相当の量であることは間違いなかった。

 ・・・・・店を出たとき、ミサトにはほとんど意識がなかった。ただ自分が誰かに背負われていることだけが、かろうじて意識された。
 その背中は暖かく、なんだかとても懐かしい感じがした・・・・・。

 

 

 目を覚ました時、ミサトはベッドに寝ていた。

 一瞬、彼女は”自力で”ホテルの自分の部屋に戻って来たのかと思った。しかし扉の隙間から漏れてくる薄明かりで見る天井はホテルのそれでは無かった。

 ミサトは身体を起こした。ゆっくりと部屋を見回す。部屋には彼女の寝ていたセミダブルサイズのベッド以外には一つの洋服ダンスと収納式のライティングデスクがあるきりだった。どうやらここは誰かのマンション一室らしかった。

 (誰かの・・・?)

 あり得るのはたった一人の男しかいなかった。いまだふらつく身体を無理矢理引き起こすと、彼女は光の漏れてくる扉に近き、力一杯引き開けた。

 「私をどうする気なの!」

 加古はリビングのソファに座りコーヒーを飲んでいたが、ミサトの剣幕に一瞬驚いたように振り向いた。しかしごく穏やかにこう言った。

 「・・・やあ、お目覚めかい。こちらへ来てコーヒーでも飲まないかい」

 加古の物腰に、ミサトは気勢を削がれたらしく、やや落ち着いてこう言った。

 「・・・ここは貴方の部屋でしょ?どうして私をここへ連れ込んだの?」

 「タクシーがなかなか捕まらなくてね。葛城はすっかり俺の背中で寝こんじまうし、この部屋の方がホテルよりずっと近かったんでね」

 「だからって・・・・」

 ミサトは絶句した。加古がいま自分の姓を呼び捨てにしたことから思い当たることがあったからだ。

 ミサトの分のコーヒーを入れるため加古は立ち上がり、キッチンへ向かっていた。その背中にミサトは尋ねた。

 「貴方・・・・まさか・・・・・加持なの?」

 コーヒーを入れていた手を止め、加古はゆっくりと振り返り、そして言った。

 「・・・・ようやく気がついてくれたかい・・・お久しぶり」

 あまりのことに葛城ミサトは再び絶句していた。何度か心に浮かびながら・・・そうであってくれればと思いながら・・・やはりあり得ないと思っていたことが・・・いま、現実化しようとしている。

 「でも・・・だって・・・その顔は?」

 当然の疑問をミサトは口にする。それに対して加古いや加持はぽつりと答える。

 「・・・生き延びる為さ」

 その一言でミサトはおおよそのことを理解した。だが別の疑問が浮かび上がった。

 「・・・何故もっと早く連絡してくれなかったの・・・一言、生きてるってことだけでも」

 「・・・なにしろこちらは逃亡者だ。しばらくは葛城の消息を知る術も無かった」
 「・・・・・長い話になる。コーヒーでも飲みながらゆっくりと話そう」

 加持はミサトをリビングのソファへと誘った・・・。

 


 

 ミサトが言った。

 「・・・・・それじゃあ、私が辞職があっさりと認められたのも?」

 「ああ、会長に手を回してもらった。国内とは違って大分手間取ったが」

 

 加持の話を概略すれば次のようになる。

 

 加持はゼーレの手の者と思われる刺客に襲われ重傷を負いおよそ半年間の入院を余儀なくされたこと。顔の整形はその治療の過程で受けたこと。シンジの曾祖母であるIHKS会長、碇シズノに出会い現在の戸籍と仕事を得たこと。
 国連を陰で牛耳っていたゼーレの陰謀は露見してその勢力はほぼ一掃された。しかし国連軍人事局にはそのシンパが残っていて、ミサトの降格とアフリカ派遣はそれらの者達の陰謀であった。およそ3ヶ月前にその事実を知った加持は碇シズノの力を借りて、それらの者達を告発して退役に追い込み、ミサトをアフリカから呼び戻す画策をしたこと。

 

 「こちらもあまり派手には動けなかったのさ。本当は直接会いに行きたかったんだが、会長に止められた・・・ネオドイツはゼーレの残党の多いところだったから危険だと言われてね」
 「・・・連絡も控えざる得なかった。葛城の周辺を調査して十分に安全だと判断できるようになって、はじめてメールを送った」

 ミサトは加持の話を了解したことを、僅かに頷くことで示した。だが納得した訳ではなかった。

 「許せないわ・・・私はすべてを失ったと思い・・・この2年間死んだように生きてきた・・・それは貴方が死んだから、いえ死んだと思いこんだから・・・」
 「アフリカに行ったのだって・・・・・いっそ死んでも良いと思ったから・・・・・」

 ミサトはそれ以上話すことができなかった。感情の高ぶりは彼女に言葉を失わせていた。彼女の瞳からは次々と涙が流れ出していた。

 加持は立ち上がった。二人の間にあったテーブルを周りミサトの隣に腰掛ける。

 「・・・葛城、本当に済まなかったな・・・この罪はこれから一生かけて償ってゆくつもりだ・・・もちろん君が同意してくれればだけど」

 加持のその言葉にミサトはハッとして顔を上げた。潤んだ瞳を加持に向ける。

 「加持・・・それって?」

 「ああ、俺は葛城のことを愛している・・・できればずっと側にいて欲しい」

 次の瞬間、ミサトは加持の胸に飛び込んでいた。

 「加持、私も愛してるわ・・・」

 

 

 

 加持とミサトは二人で寝るにはいささか小さいベッドの上で寄り添い横たわっていた。二人とも天井を見つめている。

 ミサトが話し出す。

 「私、本当はシンジ君達に会うのが怖いの・・・」

 「・・・碇指令のことだな」

 「・・・そう、あの日私は死ぬはずだった。だけど碇指令が身代わりになってくれて・・・会えば話さない訳にはいかなくなる・・・シンちゃんはきっと私のことを許してくれないわ」

 「・・・なら会わなければ良い」

 意外な言葉にミサトは首を回して加持の横顔を見つめた。加持は続けた。

 「シンジ君の心はいまひどく動揺している。会長の存在はとても大きいものだったんだ・・・」
 「だが、彼はいずれ立ち直るはずだ・・・レイ君が側いる限りシンジ君は大丈夫だと思う」

 

 加古は話し続けた。

 「レイちゃんのシンジ君への思いに、俺は今日初めて気づいたよ・・・・・」
 「葬儀の間中、シンジ君は震えていたよ。今にも叫び出しそうな様子だった・・・」
 「そんなときレイちゃんはそっとシンジ君の手に触れたんだ。シンジ君はレイちゃんの顔を見た」
 「・・・レイちゃんは微笑んだんだ・・・まるで天使の微笑みだったよ・・・」
 「あの微笑みを見たとき、俺は思ったよ。シンジ君には守護天使がついているってね」

 黙って加持の話を聞いていたミサトだったが、シーツの中で身じろぎをした。

 加持が悲鳴を上げた。

 「いっ、痛いじゃないか!!そんなとこ握るなよ」

 ミサトは笑って自らの身体を加持に押しつけ、言った。

 「シンジ君のことがうらやましいみたいな言い方ね?」

 ミサトの思い、すなわちレイへの嫉妬に気づいた加持はあわてて言った。

 「おっ、俺には葛城という・・・女神がいるじゃないか」

 ミサトは疑わしそうに言った。

 「加持、本気で言ってる?」

 「も、勿論さ」

 「・・・信じさせてくれる?」

 「・・・どうやって?」

 ミサトはそれには答えずにまたシーツの中の手を動かした。

 「ねっ、もう一回(ハアト)」

 悲壮な覚悟をもって加持は言った。

 「・・・よし、今夜は眠らせないからな」

 「嬉しい・・・あっ・・・」

 

 

 

**

 

 −翌朝

 

 加持とミサトはキッチンで朝食を摂っている。ミサトは加持のバスローブを身につけ、加持は既にスーツを身につけている。

 ミサトが言った。

 「シンジ君のこと・・・しばらく様子を見ることにするわ」

 「俺もそれが良いと思う」

 「・・・いつまで待てば良いかしら?」

 「・・・そう遠いことでは無いはずだ。シンジ君も確実に成長しているから。多分レイちゃんのおかげでね」

 「・・・・・そう」

 ミサトの声には僅かながら寂しさのようなものが含まれていた。

 「レイちゃんにシンジ君を取られて寂しいのかい?」

 「・・・」

 「・・・二人の様子を自分の目で確かめたいなら適当な場所へ案内するよ。あさってからは学校に行く筈だし」

 「・・・いい、二人が元気ならばそれで。会うときは正々堂々訪ねていきたいから」

 「葛城がそれで良いなら・・・」

 「・・・ところで、二人は貴方の正体を知っているの?」

 「二人の前では、いや誰の前でも俺は加古リョウイチだ。加持リョウジは既に死んでいる。葛城も気を付けてくれ。俺ばかりではない、周りの人間にも迷惑がかかる」

 「わかったわ」

 「で、これからどうする?」

 「・・・ホテルへ戻って・・・」

 「ホテルへ戻って?」

 「チェックアウトするわ」

 「で?」

 「決まってるじゃない、ここへ来て貴方と暮らすのよ」

 「あっ・・・・・」

 加持いや加古は思い出した、昨晩自分の言ったことを。

 (その場の勢いとはいえ”ずっと側にいて欲しい”なんて何故言ってしまったのだろう)

 狼狽する加古に、ミサトは疑惑の目を向けた。

 「加持、いえ加古さん、まさか昨日言ってくれた言葉は冗談だったなんて言う積もりじゃないでしょうね?」

 「そ、そんなことはないさ。俺は葛城を愛してる」

 その言葉自体には嘘は無かった。

 それを聞いてミサトは満面の笑みを浮かべる。

 「それじゃあ加古、さん・・・なんか言いにくいわね。そうだ、”リョウちゃん”が良いわね。リョウちゃん、貴方のカード貸してくれる?」

 「な、何に使うんだい?」

 「一緒に暮らすとなればいろいろ買い足すモノが必要でしょ。いわば嫁入り支度よ」

 「普通、嫁入り支度は花嫁側で用意するもんなんだが・・・」

 「何言ってるの。結納金よ、結・納・金!」

 ミサトはさも当然という風に言い放つ。

 「・・・分かったよ」

 加古は抗弁することを諦めた。自分の財布からカードを取り出してミサトに渡した。

 「無駄遣いしないでくれよ」

 あまり効果はないだろうと思いながら、そう言ってみる。

 「分かってるわよ。これからは”主婦”なんだから、それくらい心得ているわよ」

 加古は心の中でため息を一つ吐いた。

 「・・・それじゃあ、仕事に行く時間だから」

 立ち上がり玄関へ向かう。

 「いってらっはーい」

 トーストをほおばりながらミサトは言った・・・。

 

 ・・・こうして「宿命」の共同生活は再び始まったのだった。二年の時を経て二人は同じ時間を生き始めた。

 

 

**

 

 加古が会社から帰宅したとき、玄関に届いたばかりのエビチュビール10ケースが積まれていたのは言うまでもないことである。

 

【ミサト・カム・バック 了】

 



ver.-1.00 1997- 9/10

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.com まで。


 【後書き、または言い訳】

 最後までお読みいただいて誠にありがとうございます。

 今回のこの物語は・・・すみません・・・やはり一種の言い訳です。「本編」でいきなり葛城ミサトさんを復活させてしまったので・・・作者得意の「ご都合主義」大爆発(笑)ですが、敢えて読者の皆様の前に提出させていただいた次第です(^^;;;)

 前にも書いたことですが、作者は葛城ミサトというキャラクタがレイちゃんに次いで好きです。彼女のどこが好きかと言えば、やはり彼女が持っている一種の”軽み”です。今回のこの物語ではそれを表現してみたくてがんばった積もりなのですが・・・。ただ「外伝」である以上、ある程度は「本編」のイメージも残さなければならない訳で、結果的に中途半端なものになったのは否めません。その点は作者の力不足の故で、誠に申し訳なく思っております。

 ご存じのことかと思いますが作者は遅筆(筆力不足)ですので、今回の「外伝」執筆によりエネルギーと時間を消費しましたので、「本編」の更新にはいささか時間を頂戴いたしたいと思います。お待ちの方には誠に申し訳ありませんが悪しからずご了承くださるようお願いいたします。

 ・・・次回「2・YEARS・AFTER」をお楽しみにね(by ミサト)


 綾波さんの2・YEARS・AFTER外伝(1)【ミサト・カム・バック】、公開です。
 

 ミサト・カム・バック、いい言葉ですね(^^)
 

 シンジxレイでスタートした107号室。

 綾波Onlyで進んでいましたが、
 次第に他のキャラにも・・
 アスカ、加持、そして今回のミサト。

 バリ綾波stの綾波光さんですが、
 その愛はEVA全体に向けられているんですね(^^)
 

 次は誰かな?
  遠回しの要求・・・無視してやって下さい(^^;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 綾波さんに綾波さんに綾波さんにメールを送りましょう!


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