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【2・EARS・FTER】 第五回「

作・H.AYANAMI 


「ぴぴぴっ、ぴぴぴっ・・・ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ・・・」


「カチッ」 手を伸ばして、音を止める。


首を曲げ、僕は時計を見る。



”06:32”



もう起きなければならない。


いつもと同じ、1週間の始まりだ。


(・・・違う、いつもと同じではない。綾波に、何らかの危機が迫っている)


(僕は、綾波を守らなければならない)



まだ、幾分か朦朧としていた僕の意識は、一気に覚醒する。


僕は飛び起き、着替えもそこそこにデスクに向かい、メーラーを起動する。


(なぜ、昨日の内に思いつかないんだ)


僕は、自分自身の愚かさに毒づく。


僕は、IHKS(碇ハウスキーピング&セキュリティ社)の、この屋敷の警備責任者宛に、緊急秘守回線経由のメールを送る。


”当屋敷の警備体制を強化されたし。特に、綾波レイの外出時の警護体制には留意せよ”


「ピッ」 受信確認信号だ。


「とりあえずは、これで良し」僕は呟く。



敵の正体が分からない以上、今は”守り”を固めるしかない。


(当面は、"相手”の出方を窺うことにしよう・・・)




「ピンポーン」 インターホンの呼び出し音。


「はい」

「おはようございます。お坊ちゃま」

「おはよう。ヨシエさん」

「朝食のご用意ができました」

「ありがとう。すぐに降りてゆきます」



僕は、朝食をとるため、部屋を出て食堂に向かった。






僕達は、田中さんの運転する車に乗っている。

僕達の通う学校まではおよそ30分ほどの距離だ。



車の中で、僕は綾波と話す。

「綾波、今日の放課後は何か予定がある?」


「・・別に、何もないけど・・・」


「それなら、僕に付き合ってくれない?今日は”センター”の大淀所長に会いにいかなきゃならないんだ」


「・・・かまわないわ」


「ありがとう」

「それじゃあ、田中さん、そういうことでおねがいします」


「かしこまりました」




僕は視線を、綾波に戻す。


綾波の胸元には、十字型のペンダントが下がっている。


去年の誕生日に、僕が綾波に贈ったものだ。以来、綾波は、外出時には必ず付けていてくれる。


綾波の誕生日。それは”作られた”戸籍上のものに過ぎないが、僕はそれでいいと思っている。

僕にとっては、綾波の誕生日をお祝いしてあげられること、それ自体が嬉しいことだった。

実を言えば、このペンダントを用意したのは僕ではない。ご隠居様が、綾波に贈るよう、僕に渡してくれたものだ。

そして、これはただのペンダントではない。中に超小型の発信器が組み込まれていて、僕の持つ携帯端末を使えば、その位置がすぐに分かるようになっているのだ。


(・・ご隠居様は、今日のような事態が生じることを知っていたのだろうか?)


「・・綾波、それをいつも付けていてくれて・・・僕は嬉しいよ」


(いまは、それを付けていてくれることが、綾波を守るために必要なんだ)


綾波は、胸元に手をやり、ペンダントに触れながら言った。


『・・・碇君の、くれた、ものだもの・・・』



何気ない一言に、綾波の、僕への思いを感じる。思わず抱きしめてしまいたくなる。


(駄目だ。すぐ前には、田中さんが居るじゃないか)


僕は、自分の”欲望”を抑え、代わりに座席に置かれた綾波の右手に手を伸ばして、彼女の手のひらを握った。


『!』 綾波は、一瞬驚いたように僕の顔を見たが、すぐにあの、はにかんだような微笑みを見せ、そして優しく僕の手を握り返してくれた。


僕達は、そうして手を握り合い、互いを見つめていた。時の経つのも忘れて・・・。








「到着しました」 田中さんの声。綾波の側の扉を開けてくれている。


「うん!?」 車が停まっている。校門から100mほど離れた、いつも降りる場所だ。

(車が停まったのに全然気づかないなんて・・・)


綾波が先に降り、僕が後に続く。

「・・・今日は早く着いたみたいだね」 そう言う僕に、田中さんは

「・・いえ、いつも通りの時間ですが・・・」 こともなげに言う。


「・・・あ、そ、そうなの」 僕はあわてたように言い、

「・・それじゃ、3時半に迎えに来て下さい」 言わずもがなのことを付け足す。


「かしこまりました」


僕は、車のトランクからチェロのケースをとりだす。


芸術専門の僕達の学校では、毎日”実技”の授業がある。

授業に”付いてゆく”為には、家での練習も欠かせないから、必然的にチェロを毎日持ち歩かなければならない。


綾波の方はというと、一般科目用の教科書の入った鞄の他は、作陶の時に着る作業着の入った袋しか持ってない。


(こんなことなら、綾波と同じ、作陶科に入れば良かったな。いやせめてピアノ専攻ならば、毎日こんなものを持ち歩かなくても済んだのに)


僕達は、毎日車で送迎してもらっているから、持ち運ぶ距離などはたいしたものではない。

バスや電車を使って通学する生徒に比べれば、僕の不満など贅沢としか言えないだろう。


(僕は”碇家”での生活に慣れてしまって、いつのまにか”傲慢”になっているのかもしれない)


僕は、綾波と共に歩き出しながら、自分自身の、今のありようについて”反省”していた。


『・・・碇君・・』 

綾波が僕を呼んだ。

『なにを、考えているの?』

僕が黙っているのが気になったらしい。


「・・・うん、最近の僕は、碇家での生活に慣れてしまって・・・自分が変わってしまったような気がするんだ」


『・・・そんなこと、ないわ・・碇君は、前と変わらない・・優しい、碇君よ』


「・・そ、そうかな」


『うん』


「・・ありがとう」


僕は、嬉しかった。僕のそばに綾波がいてくれることが、ただ嬉しかった。ここが学校前の路上でなかったら、僕は荷物を投げ出して、綾波に抱きついていただろう。


『・・碇君』 綾波が、僕の開いている左手をそっと握ってきた。


「・・綾波」 綾波には僕の気持ちが分かったのだろうか?・・・優しくその手を握りかえす。


今までの僕なら、路上で、しかも学校の近くで、こんな風に綾波と手をつないで歩くことなど、恥ずかしくて出来なかっただろう。

でも、今日は違った。むしろ他の人達に、僕達を、僕には綾波が居てくれることを”見せびらかし”たかった。


僕達は、手をつないだまま校門をくぐり、教室へ向かった。






そんな二人をずっと追っていた、4つの目があった。





「・・・むりですね・・・」



「・・・ああ、少なくとも4人が 彼らに付いている」



「かなり・・やれそうな人達ですね」



「・・・ああ、IHKSの連中は、みな”うち”のOBや、戦自出身者ばかりだ。それも”一流”の折り紙の付いた奴ばかり集められている」



「・・・それじゃあ・・」



「・・・ああ、戻ろう。こちらもそれ相応の準備が必要だ・・・」





二人の乗った車は、その場を走り去った。







僕達が、教室に近づくと、そこには”いつもの”二人の姿があった。タケヒコと鈴谷さんだ。


二人は、学年も違い、また同じ音楽科の生徒とは言っても、タケヒコはビオラ、鈴谷さんはピアノ専攻だから、学校内で一緒にいられる時間は少ない。

そのためか、二人は、毎朝、互いの体を寄せ合って”別れの”挨拶を交わしているのだ。


僕は、昨日見た”ビデオ”の事もあって、二人の顔を見るのが何となく気まずく、挨拶をせずに二人の前を通り過ぎようとした。


「あら、碇君?お早う」鈴谷さんが僕に気が付き挨拶をした。

「お早う、碇、綾波さん」タケヒコも、鈴谷さんの言葉で、僕達に気づき挨拶をした。


「お早う、山城・・鈴谷さん」『お早うございます』

僕達は、二人に挨拶する。

鈴谷さんが僕達の様子をじっと見ている。


(なんだろう?何か僕達のかっこうにおかしなところでもあるのだろうか)


鈴谷さんが、冗談めかして言った。

「ずっと、手を繋いで登校して来たの?二人の仲が良いのは知っていたけど、碇君は照れ屋さんだからそんなこと出来ないと思ってたわ・・」

タケヒコが、後を次いで、

「・・そうだな。碇と綾波さんが手を繋いでる所を見るのは、これが初めてだ」


僕は、自分の顔が急激に赤くなるのを感じる。

「・・・そんな・・自分達の事を棚にあげて・・僕達を、からかわないでよ」


そう言いながら、僕はそっと綾波の手を離す。

綾波の様子を窺ったが、別段気を悪くしたような様子はなかった。


(ごめん、綾波。僕はこういう時は・・・だめなんだ・・)


「キンコーン・カンコーン・・・」

授業の開始を告げるチャイムだ。


「・・もう、行かなくっちゃ・・」

鈴谷さんが名残り惜しそうに言い、タケヒコに向かって背伸びすると、軽く口づけをする。

タケヒコは、嫌がるふうでもなく、それに応じた。

「また、後でね・・・」


鈴谷さんは走って行ってしまった。


タケヒコは、少しの間、その後ろ姿を見送っていたが、やがて振り向くと、僕達に言った。


「悪いな、碇。昨日と言い・・・ミホは僕達の関係を他人に見せたがるんだ」

タケヒコは、心底困ったという表情で言う。


「・・うん、別に、かまわないよ」僕はあいまいに相づちをうつ。


タケヒコの気持ちは、僕にも分かる。

愛し合うことは二人の問題であって、本当は他人に見せる必要などないはずだ。


(でも、今日の僕は、鈴谷さんの気持ちも分かるような気がする)




『・・碇君、授業が、始まるわ』綾波が僕を促す。


「うん」




僕達は、教室へ入っていった。  








午前中の、一般科目の授業の間、綾波には何事もなく、昼休みになった。


僕達の学校は、一般科目については単位制を取っている。

けれども、僕と綾波は、まったく同じ時間の同じ科目を取っているので、体育の時間にしても、僕は綾波の姿を常に確認することができた。


僕があまりに、綾波の方ばかり気にしてるものだから、タケヒコにたしなめられてしまった。


「碇、いくら”最愛の人”だからって、そんな風に見続けられたら周りの人間が変に思うぞ。そうなれば迷惑するのは、綾波さんの方じゃないのか」


タケヒコの言い分は、正しい。学校内でこんな風に、一人の異性を見続けていることは、他人によけいな思惑を与えるばかりだ。


「・・うん、君の言うとおりだ・・」僕は、タケヒコの言葉に頷いてみせる。

「・・それじゃ、また後で」

タケヒコは行ってしまった。多分、今日も鈴谷さんの作ったお弁当を食べに行ったのだろう。


タケヒコに、”例の”メールのことや、綾波のあの”予感”のことを話す訳にはいかない。
いや、たとえ話したところで、どこまで本気にしてもらえるかどうかも分からない。何しろ、具体的な”敵”の動きはまだ何もないのだから。


(問題は、午後の”実技”の時間だ)



専攻の違う、僕と綾波は、およそ2時間の間、別々の教室で授業を受けなければならない。



(一応、確認しておこう)



誰にも見られないように、膝の上に携帯端末を置き操作する。ディスプレイに赤い光点がつく。


信号の”発信源”はごく近くにいる。僕はそっと後ろを振り向く。


「うん!?」いきなり視線が交錯した。綾波は僕が振り向く以前から、僕の方をじっと見ていたらしい。


僕は咄嗟に視線を逸らしてしまう。


(別に、”悪いこと”をしている訳じゃないのに・・・)





『・・・碇君・・』 綾波が僕を呼んだ。いつのまにか僕のすぐ横に立っている。


おそるおそる顔を上げて、綾波の顔を見る。


「あっ」僕は思わず叫んでいた。綾波の赤い瞳が涙で潤んでいる。



「綾波・・・ごめん」僕の態度が、綾波を悲しませたのは間違いないと思った。だから咄嗟に、詫びる言葉が出た。


僅かに声を震わせて、綾波が言った。


『・・・碇君、私に、何か隠してる、のね・・』

「べ、別に、何も隠してなんか・・・」




突然”外野”から声がかかる。

「おい、碇! 夫婦喧嘩か?」


その声に反応し周りを見回す。いつのまにかクラス中の視線が僕ら二人に集中している。



僕はあわてて言った。

「あ、綾波、ここじゃ落ち着いて話せないから・・」




僕は、綾波の手を引き、クラスメイトたちから逃げるようにして、教室を出た。



つづく ver.-1.00 1997- 5/17

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.com まで。


【後書き、または言い訳】

作者はこの歳になって(あえて実年齢は秘す)、”鈴谷さん”の気持ちが分かって来たように思います。

”自分を愛してくれている人を、自分が愛している人を、他人に見せたい”と言う気持ちが。

シンジ君は、わずか16歳にして、それが分かってきてるなんて・・・作者は、その年頃には”照れ”ばかりが先行してしまって、そう言う気持ちに応えられなかった(しみじみ)。

・・・ひょっとしたら、作者が思っている以上に成長しているのかもしれない。

シンジ君は”お子さま”という、作者の認識も改めるべき時期が来たのでしょうか(笑)。



・・・・それでは、次回予告(予定)です。


シンジの不安は、杞憂に過ぎないのか。

放課後、シンジ達は、意外なことを聞く。

シンジは確信する”やはり、何か巨大な力が動き出している”と・・・。




 [綾波 光]さんの連載小説【2・YEARS・AFTER】第五回、公開です。

 ”敵”が迫って来たようですね。
 彼らの目的は何なのでしょう?
 組織的にもしっかりした物のようですが・・・・

 シンジの葛藤・・・・愛する人に負担をかけない為にその人に嘘をつく・・・
 ハードで重く、そして、かっこいいですね。

 綾波光さんの世界の彼は大きく成長し続けています。

 訪問者の皆さんはどの様に感じましたか?
 綾波を狙う敵。
 シンジの決意。
 貴方の感想を綾波光さんに送って下さい。


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