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【2・EARS・FTER】
第弐回  作・H.AYANAMI


―夜・シンジの自室



僕はデスクに向かい本を広げていたが、さっきから1ページも進んではいない。


夕食の間、僕はほとんど何もしゃべらなかったし、綾波の顔をまともに見ることもできなかった。

ただ黙々と、出された物を食べ続けていただけだった。

ヨシエさんと綾波の作ってくれる料理はいつもおいしい。

でも今日は味なんか分からなかった。

いまこうして自分の部屋に戻ってみても、今晩何を食べたのかさえよく思い出せないほどだ。

僕の心を占めていたのは、綾波のことだった。綾波のさっきの言葉だった。

そばにヨシエさんがいたから良かったものの、もしも綾波と二人だけだったら・・・。







「コンコン」僕の部屋の扉がノックされる。


綾波だろうか?

「は、はい。どうぞ」


入ってきたのは、ヨシエさんだった。

「お坊ちゃま、お茶をお持ちしました」

手にはティーセットを乗せたトレイを持っている。

「あ、ありがとう。ここへ置いて下さい」

僕は振り向き、自分の向かっているデスクの一隅を指し示しながら、ヨシエさんに言う。

「はい、こちらですね」


ヨシエさんは僕の指示どうりに、トレイをデスクの端におくと立ち去ろうとする。



「あ、あの、ヨシエさん」僕は、ヨシエさんを呼び止める。

「はい?」ヨシエさんが振り向く。



「あの・・」僕は口ごもる。

「はい、何でございますか」

「あ、綾波の、事なんだけど・・」

「レイ様が何か?」

「う、うん、今日はどこか変じゃなかった?」

「・・・別に、特に変わったところは・・・お坊ちゃま、レイ様と喧嘩でもなすったんですか? 食卓でも、お坊ちゃまは黙り込まれたままでしたね。何が原因なんですか?」


ヨシエさんは、僕と綾波の間に、何かの諍いが有ったと思ってしまったようだった。


「べ、別に、喧嘩した訳じゃないんだ・・・」僕はあわてて否定する。

「そうですか?それなら良いんですけど」ヨシエさんは尚も疑わしそうに言う。

「お坊ちゃま、ご隠居様がいつもおっしゃっていたことをお忘れですか?」

「わ、忘れてなんかいないよ」

「・・・それなら結構です。とにかく・・・レイ様のことを、お大事になさって下さい」

ヨシエさんが出ていった。

僕はデスクに向き直り、ポットに手を伸ばしてカップに注ぐ。

心地よい香りが辺りに広がる。僕の大好きな香りだ。一口すすってカップを戻す。


僕は、ご隠居様がことあるごとに僕たちに言ってくれた言葉を思い返す。


”シンジ君、レイちゃん。あなた方が出会ったことは、運命だったのよ。だからけっしてお互いのことを疑ったりしないで、裏切ったりしないで。二人で手を携えていけばきっと幸せになれるから”


僕は、ご隠居様の言ってくれた言葉を疑うことはない。


ご隠居様は、僕たちに本当の愛をくれたと思う。


捨てられた子供だと思ってた自分を、この碇の家にとって必要な人間であると言ってくれた。



あの第三新東京での経験も、僕が碇の家を継ぐべき人間として必要な試練だったのだと言ってくれた。

・・・でも肝心な事・・碇家を継ぐ僕が何をすべきかについて、ご隠居様は何も語ってはくれなかった。



ただ亡くなる直前に僕を呼んで、

”時が来ればね、シンジ君。あなたは自分の本当の力に目覚めるわ。そのときに碇家に生まれた事の意味も分かるはずよ”

そう言い残しただけだった。








「コンコン」 再び僕の部屋の扉がノックされる。


「はい、開いてます」僕は返事する。


『こんばんは、碇君』綾波が入ってきた。

一緒に住んでるのに”こんばんは”はないだろうと思ったが、僕は何も言わなかった。

綾波は青いパジャマを着ていた。

彼女の体には少し大きすぎると思われる男もののパジャマだ。

手には大きな枕を抱えている。

「あ、綾波、ど、どうしたの。枕まで持って・・・」

僕は、綾波がなんと答えるか分かっていたが、でも聞かずにはいられなかった。


『今晩は、碇君と、一緒に寝ようと思って・・・』と、予想通りの答をした。


「だ、だめだよ。まだヨシエさんだって起きてるだろうし・・・」


『ヨシエさんなら、もう寝てしまったわ。今日はなんだか疲れたとか言って』


「そ、そうなの」

僕には他に綾波の望みを拒絶するための良い言い訳が思いつかなかった。



(今日は、我慢できそうもないからなんて、絶対に言えないし・・・)


『・・碇君、私と一緒じゃいやなの?』綾波が哀しそうに言う。



(やめてよ、そんな哀しそうな顔をするの。まるで僕が綾波に意地悪してるみたいじゃないか)


「そ、そんなことないよ。い、いいよ、い、一緒に眠ろう


『・・・ありがとう、碇君』

綾波は、早速に自分の枕を僕の枕の隣に並べると、ベッドの端に腰掛けた。



僕は綾波の方をなるべく見ないようにした。デスクに向かい本を読む振りをする。



『碇君』 綾波が近づいてくる気配が分かった。

「な、何?」 僕は振り向かずに応える。

綾波が僕の横に立っている。

『碇君、こっちを向いて。私、話したいことが、あるの』


「話したい事って?」 僕は観念して綾波の顔を見る。


綾波は僕を見つめている。


『二年前のこと。私たちが、初めてした日のこと。もう忘れてしまった?』



「・・・忘れてなんかいないさ。だってあの日は・・・」

僕は言いよどむ。

(NERV最後の日だ。みんなを見た最後の日だもの)



『ごめんなさい・・・辛いことを思い出させてしまって・・・でも、私たちのこれからのためにも、聞いておきたいの』



僕は思い出す・・・・・あの日のことを・・・・。


(あの日、僕が初めて、綾波と・・した時。僕の心にあったもの・・・もちろん好きだという感情はあった)


(でもそれ以上に僕の心を占めていたのは、父さんへの憎しみだった。憎い父さんに綾波を取られたくない。そういう嫉妬心にも似た衝動にかられていた)


(いや、それも正確ではない。行為の最中は、自分が気持ちよければそれで良かった。綾波のことなんか少しも考えてなかった)


(あの時、綾波は抵抗しなかった・・・・・でもあれは”強姦”だったんだ)


「・・・あ、綾波、ごめん。あの時、僕は、綾波の気持ちなんか少しも考えてなかった。今更謝って済むことじゃないけど・・・本当に、ごめん」

僕は、綾波に深々と頭を下げた。



『・・碇君、誤解しないで。私はあの日のことを責めてる訳じゃないの』



「綾波は許してくれるの?・・・あんなに酷いことした僕のことを」



『・・・・確かに、あの時は死ぬほど痛かったけど・・・私は嬉しかったの・・・自分が解放されたような気がしたわ』


『・・・・でも、あれ以来、碇君は私を求めようとしなかった。その機会はいくらでもあったのに』


『ご隠居様に遠慮してるのかとも思った。でもご隠居様が亡くなった後も、碇君の態度は変わらなかった』


『なんだかとても不安だったわ。私と碇君の心は通じ合ってると信じてたけど。時折してくれる、口づけや抱擁には、碇君の温もりを感じることが出来たけど・・・』



『・・教えて碇君、私とはもうしたくないの?』



  (な、なんて大胆なことを聞くんだ、綾波は。僕はなんて答えれば良いんだ?)  



「・・正直に言うとね・・・」 僕は、思い切って言ってしまう。

「ほ、本当は、綾波としたくてたまらない。今日だって、ずっと考えてたのは、綾波の・・その、体のことばかりなんだ・・・・でも綾波の気持ちがよく分からないし、ただ子供が欲しいだけなのかな、とかいろいろ想像したりして・・」



『碇君、私を愛してる?』


「う、それはもちろん・・・僕は、綾波のことを、愛してる・・・・でも・・・」


『それなら・・・問題ない、と思うわ』

「そ、そうかな」


『さ、こっちに来て』

綾波は僕を、僕のベッドの傍らに引っ張っていった。


「あ、綾波、良いの?」僕は馬鹿なことを聞いてしまう。

綾波は黙って肯くと、自分から僕のベッドに潜り込んだ。



『明かり、消して』

「うん」僕はベッドサイドのボタンを押す。部屋全体が暗くなった。



ふいに、僕は部屋の鍵が気になった。扉の方へ行こうとすると、綾波が言った。

『さっき、鍵は閉めたから・・・』

「そ、そうなんだ」

僕は、自分がどうしようもない間抜けに思えた。羞恥で赤面してしまう。



『碇君・・』綾波が毛布をめくって、僕をベッドに誘う。

「う、うん」



僕は、そそくさと着ていたTシャツとジョギパンを脱ぐと、ベッドサイドのテーブルに置き、綾波の隣に潜り込んだ・・・・。




『・・碇君・・・』


「・・う、うん・・・」




『・・・今夜は優しく、してね・・・・』








・・・その後のことを、僕はよく覚えていない。


・・・覚えているのは、終始、綾波が積極的だったことと、二人抱き合ったまま眠りについた時には、もう夜が明けようする時刻だった事だけだ・・・。







『・・碇君・・・起きて・・・もうお昼になるわ・・・』




僕の目前に、何か白いものが浮かんで見える。


(なぜ、僕の前に、天使がいるのだろう?)


寝ぼけた頭に浮かんだのは、それだった。


やがて、徐々にはっきりと見え始める。



目の前にいたのは、白いエプロンドレスを着た、綾波だった。


「・・・あ、おはよ、綾波・・・今、何時?」


綾波は少しおかしそうに言った。

『・・おはよう、碇君・・・でも、もうじきお昼よ・・』

「そ、そうなんだ・・・」

僕は、半身をベッドの上から起こす。僕を見ていた綾波の顔が赤くなった。

なぜかな?ふと目線を落とす 

(わー、僕は、は、裸じゃないか!!)


僕はあわてて毛布で体を隠す。羞恥が僕の顔を赤くする。

「ご、ごめん、綾波・・・い、いま、服を着るから・・ちょ、ちょっと向こう向いててくれる?」


綾波は、小さく肯くと、向こうを向いてくれた。

僕は、まず、自分のはいていた下着を探す。

昨日ベッドに入った時は、まだ履いてたんだから・・・そこまで考え、昨晩の、綾波との行為を思い出してしまう。


(ばか、今はそんなこと思い出してる場合じゃない)


僕は、心の内で自分自身を叱りつける。

たぶん、ベッドのどこかにあるはずだ。そう見当を付けて、僕は足を使い自分の足元の辺りを探ってみる。

しかし、いくら探ってみてもそれらしい物に触れることはなかった。

おかしい、一体どこにいってしまったのだろう?


『・・碇君、これ、履いて・・』

綾波が、僕の方を見ないようにしながら、腕だけを伸ばしている。

その手には洗濯済みの僕の下着が・・。


『・・碇君が、昨日履いてたのは、さっき洗濯してしまったの・・・私のと一緒に』


「・・そ、そうだったんだ・・・」

僕は、顔を真っ赤にしながら、腕だけ伸ばして、僕の下着を綾波の手から受け取った。

もぞもぞとベッドの中で、それを履き、続いてベッドサイドに置いていたジョギパンを履き、Tシャツを着た。

僕はようやくベッドから起き出すことが出来るようになり、ベッドから抜け出した。


「ご、ごめんよ、綾波。もう、こっちを見ても、だ、大丈夫だから」


『・・・うん』赤い顔のまま、綾波は僕の方を見た。


僕は、何を言ったら良いのか分からず、少しの間、綾波の顔を見つめてしまう。

「・・・でもさ、よ、よく分かったね・・・僕の下着のしまい場所が・・」  


『・・ヨシエさんに言われて、時々、碇君の洗濯物、持ってきてたから・・・』

「・・そう、そうだったの。知らなかったよ・・・それじゃ、僕の物を、洗濯してくれることもあるんだ・・・」

『・・うん、時々・・』


(知らないこととは言いながら、僕は綾波のそんなことさせてたなんて)


「ご、ごめん、綾波。僕は、全然気がつかなくて・・・ヨシエさんに言うから”もう綾波に、僕の物を洗濯なんかさせないでください”って」

『・・ちがうの、碇君』

「えっ!」



『・・私、嬉しいの、碇君のために何かしてあげられることが・・・』

「あ、綾波・・・」僕には、続ける言葉が浮かばない。


『・・・だから、ヨシエさんには何も言わないで。私の、喜びを取らないで・・・』


僕は、綾波に駆け寄った。強く強く抱きしめる。


(僕は、綾波を愛してる)


昨日までの僕は、本当は、綾波への自分の気持ちに自信がなかった。


でも、今この瞬間、僕は、僕の気持ちに絶対の確信を抱く。


「綾波、僕は君を愛している」

「だから、僕から離れないで、いつも僕のそばにいて」


僕は、いつまでもこうしていたかった。

二人の体が融け合って、一つになってしまうまで・・・。






つづく
ver.-1.00 1997- 5/1公開

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.comまで。



【次回予告】

日曜日。穏やかな時間の流れ。

シンジは、レイの、自分への思いの深さを改めて知る。

しかし、二人の愛に、新たな問題が生じる。




”面白み”のないはなしに、業を煮やす読者。

既に、第3話にして、煮詰まっている作者。

次回、2・YEARS・AFTERをお楽しみに・・・。


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 綾波光さんの連載、【2・YEARS・AFTER】第弐回、公開です!

 二人が一緒に暮らす。その上での行為。
 男と女ですから避けては通れないことなのでしょうね。

 そこの所を柔らかく表現されていましたね・・・・・・(^^)

 気になるのが、「シンジの本当の力」です。なんなんだろう?

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