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【碇家の日曜日】
作・H.AYANAMI 

 ―2025年10月、とある日曜日。
 

急に周りが騒がしくなり、シンジは徐々に覚醒へと向かう。

「パパ!」 「パパ!」 「パパ!!」

(そうか、子供たちが、僕を起こしに来たのか・・・)

ほとんど無意識に、僕は布団の中に潜り込む。

「どすん!」誰かが布団の上から僕の上に飛び乗ってきた。

「パパ!もー朝だよ!」

この声は、長男のシンイチロウだ。

シンイチロウは、今年五歳。やんちゃ盛りだ。

僕が、どちらかと言うと下の二人の娘にべったりなので

僕に対して必要以上のスキンシップを求めたがる傾向がある。



「うん!?」誰が、僕の足元の布団をめくっている。

(う、こら、やめろ!!パパは、そこ、弱いんだから)

小さな四つの手が、僕の両足の裏をくすぐっている。

僕は、二人の娘のくすぐり攻撃に耐えきれず、ガバッと起きあがる

「おまえたち、止めないか!」半ば本気で、僕は怒る。

「きゃーっ」 「きゃーっ」

黄色い声を上げて二人の娘は、寝室の隅の方に逃げ出している。

長女はユイ、四歳。次女はメイ、三歳。

二人とも可愛い盛りだ。特にユイは、このごろ急速に妻に似てきた。

ふと見ると、横にシンイチロウが転がっている。

いたずら心を起こして、両手をのばして息子の脇の下に手を入れると、思い切りくすぐってやる。

「ひゃっ、ひゃっ、あははは・・・止めてよ、パパ。僕を笑い殺す気」

「だいだいおまえが、パパの上に乗ったりするのが悪いんだぞ」
「ユイやメイがまねして、ママに同じようにしたりしたらどうするんだ」

しかめつらしく言って、僕はシンイチロウを抱き上げ、遠くへ投げるまねをする。  

「許して許して」演技なのか、妙に真に迫った声でシンイチロウが叫ぶ。

僕は、ゆっくりと息子をベッドの傍らへ降ろしてやる。



そのとき、妻がゆったりとした足取りで寝室に入ってきた。

「ママ!」 「ママ!」 「ママ!」

子供たちが一斉に妻の元へ走りより、彼女の体にまとわりつく。

「あらあら、みんな駄目じゃないの。パパはお仕事でお疲れなんだから、お休みの日は、ゆっくり寝させてあげなさいって、ママはいつも言っているでしょう」

妻が子供たちを優しく諭す。そして僕の方を向いて言う。

「ごめんなさいね、あなた」

「うん、良いんだ。そろそろ起きようと思ってたところだから」

僕は、妻の優しい言葉に報いるため、少しだけ事実と異なることを言う。

「ご飯の支度、出来てますから」妻が言う。

「ありがとう。すぐに行くよ」

妻は、来たときと同様に、ゆったりとした足取りで部屋を出てゆく。

「わーっ」「ごはんごはん」「はらへったー」

子供たちは口々に叫びながら、妻の後を追ってゆく。

僕は、やれやれと思いながら、ベッドを抜け出して着替えを済ませ、食堂に向かう。



今日の朝食は、スクランブルエッグ、レタス&トマトのサラダ、ミルクに紅茶、そしてバタートーストだ。

(珍しいな、朝食がパンなんて)

全員が食卓に就く。


「いただきます」僕のリードで、皆が声を揃える。


ふと見ると、妻がシンイチロウのトーストにマーマレードを塗ってやっている。

順番待ちの下の二人は不満げだ。妻は次にユイに、最後にメイという順番で同じ作業を繰り返してやる。

僕は、これが不思議でならない。妻は一人で三人を看なければならないときには必ず息子から始めるのだ。
何か特別な意味でもあるのだろうか?
 

「ごちそうさまでした」声を揃えて言って、食事を終える。



妻を休ませる為に、僕は使い終わった食器を、厨房のウォッシャーまで持ってゆく。

ラックに並べて入れてしまえば、後は機械まかせだ。

リビングルームに入ってゆくと、シンイチロウが、僕に飛びついてきて言う。

「パパ!どっか外に遊びに行こうよー」

その声を聞きつけた、下の子たちも、口々に言う。

「お外ー」「どっかー」

僕は困ってしまい、編み物をしている妻の方を見やる。

目はどうしても彼女の膨らんだお腹に行ってしまう。

そうなのだ、この年末には彼女は、僕たちの四人目の子を産む予定なのだ。

今日は日曜日で、子供たちを看てくれる手伝いの人はこない。

もしも僕と身重の妻の二人だけで、幼子三人を連れ出して町中へ出たら、それこそ迷子を作りに行くようなものだ。

すると、編み物をしていた妻がその手を休めて、僕の方を振り返って言った。

「あなた、今日はみんなで、森林公園にでもピクニックに行かない?」

「でも、大丈夫なのかい?」僕は心配する、妻とお腹の子の事を。

「心配ないわ、この子の為にも、外の空気を吸った方がいいと思うの」

妻が、自分のお腹を撫でながら言う。

森林公園と言うのは、我が家から車で30分ほど行ったところにある、丘陵の一部を囲い込んで作られた公園である。

迷子対策としてロケーターシステムを組み込んだワッペンを子供に貸してくれる。

ワッペンからは固有のコードが発信され続けているので、もしも子供を見失っても、管理事務所に行きさえすれば、今我が子がどこに居るのか即座に分かるようになっている。

僕は決心する。

「それじゃあ、これからお弁当を作って、森林公園へ行こう」

子供たちが歓声を上げる。

「やったー」 「しんりんこうえん」 「おべんとー」

「実はね、あなたがそう言ってくれると思って、もうご飯は炊いてあるの」

妻が笑って言った。

なぜ今日の朝食がパンだったのか、僕は納得がいった。妻は最初から僕をピクニックに連れ出すつもりだったのだ。
「よし、今日はパパがお弁当を作ってやろう。ただし凝った物は作れないから、おむすびになるけど」

子供たちが次々に言う。

「僕、たらこ」 「あたし、梅干し」 「あたち、ツナ」

やれやれ、どうやら僕は、妻と子供たちの連携プレーに見事にはめられてしまったようだ。

心の内でためいきをつきながらも、今の自分が幸福であることをかみしめていた。

 



森林公園には、11時頃到着した。日差しは強く、じっとしていても汗ばむほどだった。

5人分の入場料と、3枚分のワッペンの保証金を払って中に入る。

子供たちは、遊戯施設のある丘の頂上へ行きたがる。

僕は、妻が心配だ。ゆるやかだとはいえかなりの距離を上り続けなければならない。

子供たちが僕たちの手を引っ張って行こうとする。

僕は妻の顔色がやや青ざめていることに気づく。

「おまえたち、先に行ってなさい。ママとパパは後から行くから」

シンイチロウは一瞬つまらなそうな顔になる。やがて決心したように言う。

「うん、わかった。ユイ、メイ、行こう」

息子は、妹たちの手を引いて、丘を駆け上ってゆく。

「ユイやメイが危ないことしないように気を付けるんだぞ!」

僕は息子に呼びかける。

「わかってるよー!」

駆けながら、息子が答える。

 

「しばらくそこで休んでいこう」

僕は、妻を近くにあったベンチに誘う。

「大丈夫?ママ、具合が悪いんじゃないの」

妻が答える。

「心配ないわ。久しぶりに外へ出たから・・・それより、あなた」

僕をにらんでいる。

「え?」僕は、妻に、にらまれるような事をしたのだろうか?

妻は、僕が分からないと言う顔をしたので、更にたたみかける。

「約束したでしょ、子供たちのいない時には・・・」

僕はようやく思い出す、妻との約束を。

「ご、ごめんよ、レイ・・・二人だけの時は、名前で呼ぶ約束だったね」

「やっと、思い出してくれたのね」微笑んでレイが言う。

僕は、照れ隠しの笑いを浮かべる。

「ごめん・・僕たちは出会ってから10年にもなる。だけど名前で呼び合うことがあまりなかっただろう。だから何となく・・呼びにくいんだよ」

「そうね、私にとってあなたは、碇君で・・・」

「僕にとって君は、綾波・・・」

僕たちは互いの顔を見合わせて、微笑みあう。


突然、僕は朝食の時に感じた疑問を思い出す。

「マ・・いや、レイ、朝食の時に感じたんだけど・・」

「なに?」

「うん、君はいつも、三人のことを看なければならないとき、シンイチロウのことからしてやっているように見えるけど、何か考えがあってしてることなの?」

「バランスよ」

「バランス?」

「そう、あなたはどちらかというと、下の子たちばかりを見ているわ。シンイチロウのことは、わざと突き放しているような所があるわ。だから私はシンイチロウのことからやってやるようにしているの」

僕は少し考えてから言った。

「父親と息子というのは、やはり一種のライバルなんだ、と思う」

「ライバル?」

「うん、僕は、シンイチロウが乗り越えるべき壁として存在しなければならない」  

「そういうものなの?」

「うん、多分」

「あら! 彼が動いたわ。早くもあなたに、挑戦する気かしら?」

僕は、レイがなぜ、お腹の子のことを「彼」と呼んだのか気になった。

「レイ、その子が男の子だって知っているの? 病院で聞いたの?」

「いいえ、先生からは何も聞いてないわ。でも何となく分かるの。シンイチロウの時と同じ感じがするから」

「ふーん」

僕は、レイの言うことが多分真実だと思った。母親と胎児との間には魂の交流があるのだ。きっと・・・。

「さあ、行きましょうか。子供たちが待っているわ」

「もう、大丈夫なの?」

「ええ」

「それじゃあ、行こうか」

僕は、レイの手をとって、子供たちが待つであろう丘の頂上へ歩き出した。

 

【碇家の日曜日・END】 


ver.-1.10 1997- 04/19

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.comまで。


【作者の部屋】

今回は少しだけまじめに、後書きのような物を書きたいと思います。

本作品は、ある意味ではエヴァ世界とは全く無関係な物語です。しかし、綾波レイが人間として幸福になる物語を書きたいという、作者の創作への動機を考えていただければ、読者の皆様にもお許しをいただけるのではないかと思います。

少々頼りない感じだが、優しい夫と、可愛い子供たちに囲まれて主婦しちゃってる綾波レイ、というものも、綾波レイを補完する、一つの形であると皆様に認めていただければ、作者としては嬉しい限りです。

息子シンイチロウ君のモデルは、皆様よくご存じ(?)のクレ○ン・シンちゃんです。あの声を想像しながら読んでいただくとまた違ったおもしろさがあるのではないかと(笑)

最後まで、お読みいただき誠にありがとうございました。


 [綾波 光]さんの3本目の短編【碇家の日曜日】を公開です!

 賑やかな朝の光景、ほのぼのした食卓、
 森林公園でのシンジとレイの微笑ましいふれあい・・・・

 [綾波光]さんの描く補完された世界。

 このまま「ほのぼの」で終わるかと思っていた私の予想をこえて、
 親と子の関係・気持ちまでもが出てきましたね!

 シンジのシンイチロウという同姓の子に対する思いには深い物があるようです。

 さあ、読者の皆さん。[綾波光]さんの作品にメールで応えて下さい!


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