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彼女がかわった理由

〜例えばこんな理由〜













ちゅん、ちゅん

雀の鳴き声の聞こえる穏やかな朝・・・・・それは、いつもの朝のようでいて、ちっともそうではなかった・・・。
シンジがいつものように軽く欠伸をしながらキッチンに向かうと、アスカが彼より早くそこにたっていたのだ。

「・・・?な、何で・・ア、アスカが?・・」

「あら、シンジ様おはようございます」
「へ?・・・シンジ様って・・・?」
「もうすぐ朝食ができますから、お座りになってお待ちください」
「え?、ううん・・・」

どういうことか戸惑っているシンジをよそに、アスカは手際よく朝食の用意をしている。
シンジはテーブルに移動することもなく、呆然とアスカを見つめていた。

・・・・まさか本気にしてるなんて・・・・・

彼の背中にほんの少し冷たい物が流れ落ちてくる。
ミサトも狐に摘まれたような顔で眺めていたがようやくシンジに事の次第を問いただす。
「シンちゃん、これどう言うことなの?あの子、熱でもあるの?寄生虫が脳味噌はいずり回ってるとか、まさか精神汚染?それとも任務に堪えきれずに薬物乱用!?まさか・・・・」

言ってるうちに本気で心配になってきたのか彼女の顔から血の気が引いてきた。

「どうかなさったのですかシンジ様?そろそろお食事お運びしますので」
ピンク色のエプロンが愛らしい程良く似合う。
アスカは優しさと言う名の笑みを満面に浮かべシンジとミサトに席に着くように促す。
「今朝はアジの開きと豆腐のおみそ汁ですわ。お口に合えば良いんですけど・・・・」
しおらしく、少し照れながら朝食のメニューを伝えるアスカにミサトは頭の中で何かが切れる音を聞いた。
「シンジ君!!一体何が原因なのよ!?何で悩んでることがあったらあたしに言わないのよ!!保護者失格だわ・・・ううっあたしが至らないばっかりに・・・・」
寝起きからこれほど鬱陶しい光景はシンジは初めてであった。
ミサトは力無くシンジにしがみつくとまだ何か言っている。

「あ、あの落ち着いて・・・・ じつは・・・・その・・・・」

時間は約12時間ほど遡る。


**************

「このくそバカシンジ!!あんたホントにバカァ!?信じらんない!!」
「うるさいな!!自分だって我が儘で図々しくて短気じゃないか!!」

葛城ミサト宅のリビングで繰り広げられている舌戦は珍しいことではない。
家主は素知らぬ顔で知らんぷりを決め込みビールを味わっている。

「大体わめけば何だって聞いて貰えると思ってるんだから!!少しは大人になれよな!!」
「何ですって!!自分こそ甘えてばっかりの癖に!!よくそんなこと言えるわね!」

互いに顔が紅くなるほど興奮して互いに言葉をぶつけ合っていた。
もう少し経てば取っ組み合いの喧嘩になったかも知れない。今日は久しぶりの大喧嘩らしい。

「バカシンジも加持さんの爪の垢でも飲ませて貰ったら?少しはましになるかもねー」
アスカは理想の男性の名前を引っぱり出しシンジにぶつけた。
それは新たなる反撃を呼ぶ。
「アスカだって綾波に教わったら?どうしたら女らしくなるのかって」

アスカの動きが止まる。
シンジは加持が嫌いではないがアスカは綾波レイが嫌いだった。この差は大きい。
そしてこの時点でシンジは優位に立った。
「何でファーストが出てくるのよ・・・・あんただって腐った納豆みたいに何時もウジウジしちゃってさ!!」
「それだけ怒って居るんなら綾波の方がずっと女らしいよ!!第一そのままじゃ加持さんに相手にされるもんか。煩がれるだけだよ」

「!!・・・・・・・」
追い打ちを掛けるように吐き出した言葉は彼の想像以上にアスカに深く突き刺さっている。
「ア・・・アスカ?」
「・・・・・バカシンジ・・・・いいわよ・・・女らしくなってやろうじゃない・・・・」

喧嘩の原因は何だったのか二人とも忘れてしまっている。
ただ女らしさがどうのと言う事とは無縁だったはずだ。

「ふ、ふん。無理だよそんなの・・・・アスカに出来るわけ無いじゃないか」
シンジの胸にさざ波のような不安が揺らぐ。
加持の名前が出た途端女らしくなることを宣言したアスカが気になった。
「やってみれば判るわよ・・・絶対なってやるんだから!」
「無理だね!絶対無理だ!」
シンジは絶叫に近い声を張り上げる。
顔は泣きそうだったかも知れない。
「じゃあ賭ける?一週間続いたら何かおごりなさいよね!」
「いいよ!続く分けないんだ、フランス料理でもイタリア料理でも何でも奢ってやるよ!絶対無理に決まってるんだから」
それはシンジの願望だったかも知れない。
「じゃあそれも二人分ね!!あたしが絶対勝つんだから加持さんと一緒に食事行くの!!シンジのおごりでね!!」

何はともあれこうして賭けは成立した。

ミサトはそのころようやく静かになったので部屋に戻ると響きわたるようないびきと共に眠りに落ちていっていた。


**************

「あほくさー、くだらない心配させないでよね。じゃあ後はシンちゃんよろしくね」
理由を聞いたミサトは事が深刻でないのと自分の責任とは無縁であることからあっさりとこの事態を放っておくことにしたらしい。
「そんなぁ・・・ミサトさん・・・」
「やーよ。喧嘩の末のことでしょ?シンちゃんにも責任有るんだから自分でカタ付けなさい。じゃーね。まだ眠いのよ・・・・」

一応保護者らしい一言を残してミサトはさっさと自分の部屋で再度眠りについてしまった。

「シンジ様、お支度できました。どうぞお召し上がりくださいませ」
怯えたように振り返るとアスカが微笑みながらテーブルに誘っている。
「あ・・・う・・・・え・・・・・は、はい」
彼女の言う様にテーブルには朝食が湯気を立てシンジの到着を待っている。

・・・・アスカって料理できたんだ・・・・

出来ない。
やったことはないし教えて貰ったこともない。
それ故火災現場から引っぱり出したほど良く焼け焦げたアジなのも仕方のないことだろう。
「どうぞ、召し上がってください」
「い・・・た・・・だき・・・ます・・・」
恐る恐る箸で突っつくとボロボロっと崩れる。
仕方がないのでいろんな大きさの豆腐が入ったみそ汁を啜る。
「!!」
みその分量を間違えたのか余計な物を足したのか、ミサトの料理と匹敵するような味が広がった。

「如何ですか?シンジ様のお口に合いますか?」
まるで石像のように動かなくなった彼の目にアスカの笑顔が眩しい。
「さあ、ご飯も召し上がってくださいな」

たぶん水の量が違うのだろう、かなり堅めのご飯がシンジを打ちのめす。

・・・・拷問だよ・・・・・

だからといって笑顔でしおらしい彼女に文句を言うことなど出来そうもない。
相手が高飛車ならそれに応じて勢いも付くがこう下手に出られてはそれもままならないのだ。

「お・・・美味しいよ・・・・」
「本当ですか!よかったわ!!」

食べた、と言うより飲み込んで朝食を終わらせると泣きそうな顔でシンジは笑った。
「じゃあ、シンジ様、そろそろお仕度なさってください。学校に遅刻なさいますわ」

アスカはいそいそと食器を片づけながら学校に行く準備を始める。
そんな彼女の様子を眺めていたシンジにふと疑問が沸き上がってきた。

・・・・・アスカ一体何をお手本にしてるんだろう・・・・

女らしくはともかく『シンジ様』というのはどこから来るのか?
その答えはTVの上にあった。

「えっと・・・・『良き妻のなりかた読本。大正の時代から蘇る大和撫子』・・・・・・」
シンジは思わずミサトの部屋を見つめる。
以前彼女が本を買ってきて真剣な目で読んでいたのを思い出してしまった。

「ミサトさん・・・・悲しいよ・・・・こんなの」




2年A組は教室全体が凍り付いたような状態である。
ある者は天に向かって祈り、ある者は頭を抱え震えだし、ある者はこの世の終わりが近いことを確信していた。

「シンジ様、宿題はなさいましたか?もし未だでしたらわたくしのを・・・・」
教室に入ってからずっとこの調子でシンジを構い続けている。
シンジを構う、その一点についてはさほど珍しくもないが言葉使いと物腰の柔らかさが教室を冷たいパニックに陥れていたのだった。
彼らもそんなうちの3人である。

「アスカ!一体どうしたの!?あれほど自分を大事にしてって言ったじゃない!!薬に手を出すなんて・・・・」
アスカの友人、洞木ヒカリは彼女のあまりの変わり様に力一杯誤解をすると顔を自分の両手で押さえている。
「惣流・・・・何あったか知らんが思いつめんほうがええ・・・わいらで良かったら何でも力なるさかい・・・」
「シンジ、何でお前は彼女のノイローゼに気が付いてやれなかったんだ!?一緒に住んでるんだろう?」

シンジとアスカの友人達の発言は誤解と思い込みで構成されていたがそう言った言葉ほど伝わるのは早い。

3時間目終了時の休み時間には次のような噂が流れ飛んでいた。
「碇シンジはアスカを責めてノイローゼに追い込んだあげく薬漬けにした」





「そないな事なら最初からそう言えばええんや。ほんま要領の悪いやっちゃ」
「ま、俺は最初からおかしいと思ってたけどな。それにしても惣流が女らしくねえ・・・」

昼休みに校内に広がった噂を掻き消すべくシンジはトウジとケンスケ、ヒカリに今までの経緯を話した。
アスカお手製の悶絶弁当をたいらげ青い顔をしているシンジであったがそれ以上にアスカの態度に食あたりしたようだ。

「でもそれって碇君が悪いわよ。女の子に「誰かを見習え!」なんて言ったら誰だって怒るわよ!」
ヒカリの言い分はもっともなのだが勢いというのは恐ろしい。
「せやけどあれやな、惣流と綾波足して2で割ったらちょうどええかもな」
「本当だな。二人とも両極端だよな。顔はましなんだから性格さえ・・・・・・・・」

ケンスケはその時点で口をつぐんだ。ヒカリの形相もそうだが彼女の後ろに立つアスカに気が付いたからだ。

「・・・・・シンジ様、そろそろ授業が始まります。教室にお戻りください」
「は・・・はい。今行くよ・・・・」

ケンスケをほんの一瞬だけ睨み付けたアスカはシンジを連れ屋上を後にした。

「せやけどあれは女らしいんとちゃうんやないか?・・・・」
「だな。ありゃむしろ秘書か召使いと言った感じだぜ」
「アスカ・・・・勘違いしてるわよ・・・・・」


今日一日シンジは身も細る思いで過ごした。
なにしろ一日中『シンジ様』と言って付いて回るのだ。正直言ってあまりいい気分の物ではない。

「え?元に戻す方法?そんなの簡単よ。あの子気が短いでしょ、だったらわざと怒らせればすぐバカシンジ!!って怒鳴るわよ」
ミサトのアドバイスはなかなかに的を得ているようにシンジには思えた。

・・・・なるほど、その手があったな・・・・

得心したように頷くとリビングにいるアスカの元に駆け寄っていく。その為ミサトが続けた言葉を聞くことはなかった。

「だけどその時点でシンちゃん殺されるわねー。我慢してる分ものすっごく怒るんじゃなーい?」

さてリビング。
「アスカ、お茶入れてよ」
シンジはソファーにどかっと腰掛け大股を開きえらそうな態度をとり栗色の髪をした青い瞳の少女に命令を下した。
心臓は大きく波打ち内心びびりまくっているのが震える足に良く現れている。

「な!・・・・・は、はい。ただいまお入れしますわ」
ぎゅうっと右手を握りしめ、ようやく堪えたわ!!と言った様子でアスカはお茶を入れに席を立った。

・・・・・怒らない?・・・・

「お待たせしました。今入れてきましたわ」
シンジの前に湯飲みが差し出される。
「お茶菓子は?気が利かないね」
「!!!!!!!・・・・はっはぁ・・・も、申し訳御座いません。すぐにお・も・ち・し・ま・す・・・・」

声が裏返りながら、相当に引きつった顔をしながら茶菓子を取りに行く。

・・・・真剣にやってるのかな?・・・・

恐ろしさと疑問と不安に満ちた一日はゆっくりと過ぎていく。




第2日目のアスカに変化はない。『シンジ様』と言って起こし、黒こげのサンマの朝食を食べさせた。
そんな様子にシンジは潔く諦めて、いっその事現状を楽しむことにしたのだ。
少なくとも苛められたり文句を言われたり仕事を押しつけられたり嫌がらせされたりせずに済むのだ。

こんなに嬉しいことはない!・・・・と思ったかどうかは判らない。
食事に関しては我慢するしかないのだが。
「ではお時間ですから学校へ参りましょう。遅刻なさいますわ」
「うん。あ、カバン忘れちゃった。部屋に取りに行ってきて」

ピキッと血管がアスカの額に浮き出ているがやはり笑顔でシンジの言うことを聞く。
さすがにシンジは幾分ビクついているがそれでも何となく面白い。
手本にした本を相当に勘違いしている。
おそらくは『夫に従順であれ』みたいなことが書いてあり彼女なりの解釈なのだろうがそれにしても普段からは想像も付かない。

そのストレスは相当な物だろう、夕べアスカの部屋から一晩中暴れるような物音が聞こえていた。

「お持ちしました・・・では参りましょう・・・・」


教室の中は意外なほど落ち着いている。
昨日のパニックはさすがに落ち着きを見せてはいるがそれでもみんな気味悪がってアスカに近づこうとはしない。

・・・・やっぱりアスカが女らしいとおかしいよな・・・・

普段の彼女が女らしくないわけではない。
少なくともラブレターの枚数は群を抜き、校内にはいくつもの彼女のファンクラブが出来ているのだ。
だがシンジは学校の中だけではなく帰ってからの彼女を知っている。

シンジに家事一切を押しつけいつも威張っているアスカのことを。
この賭はアスカとシンジだけしかする事の出来ない二人だけの賭なのだ。

もっとも馬鹿馬鹿しくてだれも加わろうとは思わないだろうが。

さて、殺人的な味の弁当を片づけ下校時間になるとアスカはシンジの元に来た。
「シンジ様、今日はハーモニクステストで御座います。本部の方に参りましょう」

NERV本部までの道すがらシンジは再びアスカに命令を下す。
「カバン持ってよ。疲れちゃった」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判りました。お持ちします」

シンジの言うように綾波レイを見習ったわけではないが、無表情を決め込み無感情な声で答え彼のカバンを持つ。

「ついでにジュース買ってよ、喉乾いちゃった」

いじわるの仕返し、と言う側面も全くないではないがそれよりも彼女が女らしくなろうとしている動機が気になった。
原因はシンジとの喧嘩だったが動機は違うだろう。

・・・・・加持さんのためなのかな・・・・・

シンジはあの喧嘩の時口にした彼の名を少し後悔していた。


「じゃ、じゃあテスト開始するわ。アスカ、準備良いかしら?」
「はい。いつでも構いませんわ赤木博士。準備は出来ております」
「・・・・・そう、弐号機シンクロ開始して・・・・・」

全身に鳥肌が立つのを感じながら赤木博士はマヤにそう指示を下す。
「ちょっとミサト!あれは一体何!?精神汚染してるって何ですぐ言わないのよ!!」
リツコは苦笑している彼女を怒鳴りつけた。
「違うわよぅ。精神汚染じゃなくて・・・・」
「じゃあ麻薬中毒!?あのくそ生意気でかわいげが無くてめちゃくちゃ我が儘な小娘が何であんな風になるのよ!?」

どうして誰も彼もがアスカの様子をすぐに物騒な物へと結びつけようとするのだろうか?
シンジは端で見ていてそんな感想を抱いている。

「実はかくかくしかじかで原因と責任は全てシンジ君にあるのよ」
「そんなぁ・・・・」
訳を聞いたリツコは呆れ顔でシンジを眺めたがそれ以上は関わりたくないのかモニターに映し出されるグラフに集中した。

「馬鹿馬鹿しい、くだらない、アホらしい、ふざけてるわ、この忙しいのに、このガキ共は」

可聴音量ぎりぎりの声でリツコはぶつくさ呟いているがマヤはあえて聞こえない振りをしている。

「ミサトさん・・・・僕に責任があるんですか?」
「あーん?無いと思ってるの?ま、どんな責任なのか教えないけど。よく考えなさいねー」
不安げなシンジの顔を存分に楽しんだミサトは冷たくシンジを突き放した。
「そんなぁ・・・判らないよ、女の人の事なんて・・・・」

「ふざけんじゃないよ、判らないって言えば許して貰えると思ってんの?少しは他人のこと知ろうとしたら?」

ミサトの顔は笑っていたがその目は真剣だ。
射抜くような眼光はシンジを突き刺しその場に釘付けにしてしまった。
何となくこの場に居づらくなった彼は逃げるようにコントロールルームを出て休憩所へと向かっていった。


・・・・会いたくなかったな・・・・

「ようシンジ君、テストは終わったのかい?・・・・どうしたんだ?」
加持リョウジは目の前の少年にジュースを手渡すと普段と様子の違うことに気が付いた。
「何でもないです・・・・・・加持さん、女の人の事って判りますか?」
いきなりと言えばいきなりな質問だが何となく感じている反発感が言葉数を減らした。

「はははっ、突然だな・・・・女か・・・判らないな。全人類の半数が何万年って時間を掛けて調べても判らなかったんだ、俺に判る訳ないさ」
「そうですか・・・あっスミマセン、変なこと聞いちゃって・・・どうかしてたんだ・・・」

呼び止めようとした加持から逃げるように走り去っていった。

そのころハーモニクステストの終了したアスカは、一人更衣室でロッカーの破壊活動に従事している。

「このバカシンジ!!調子に乗りやがって!!何がジュース買えよ!何がカバン持てよ!!あーーーーーもう!!」

自分のロッカーを持ち上げると床に叩き付けた。
一体どこにそんな力があるのか良く判らない。

「コノ!コノ!コノ!コノ!コノ!コノ!コノ!!!!」
床に転がっているロッカーをガンガンと蹴っ飛ばし急激に変形させていく。
この二日のストレスは相当な物だったようだ。
一人になった途端同居人への悪口があふれ出してくる。

「何が綾波の方がましよ!!あのバカぜっーーーーーーたい見返してやる!!」

完全にバラバラにしたロッカーを眺め大きく深呼吸した。

「アスカ・・・後5日よ、あのバカシンジ見返すまで後5日我慢するのよ!!」


さすがに身の危険を感じたミサトとシンジは合議の末、シンジが夕飯を作ることにした。
ミサトにしてみれば巻き添えを食った様な物だ。
そのかわりと言っては何だがアスカはさっきから洗濯と風呂場の掃除家事一般と精を出している。

「シンジ様、お風呂湧きましたのでいつでも入れますわ」
腕まくりしてエプロン姿のアスカがシンジにはやけに可愛く見えた。
「う、うん。有り難う・・・・・あのさ・・・」
「ではお早めにお入りください。私も後で入りますから」

何も文句を言わないアスカというのは確かに気持ち悪い、シンジはそう痛感した。
彼女も我慢しているだろうがシンジにとっても得体の知れない恐怖とやや得体の知れた不安と嫉妬との戦いだ。

アスカが我慢しているのはあの男に煩がれない為の我慢なのだ。
シンジはその事が辛かった。

そんな様々な思いを夜の闇はそっと包み込み優しい眠りの国へと誘う。
もっともシンジは夢見が悪くてウーンと一晩中唸って居たが。




『シンジ様』と言う呼び名はそのうち慣れるだろう、そう思っていたのだが四六時中そう呼ばれると胃の辺りがシクシクしてくる。
しかも夕食は何とか自分で作ることが出来たが弁当を作るのだけはアスカが譲らなかった。
悶絶弁当殺人風味は毎日味わされている。
「お口に召しませんか?」
と不安げな目で見つめられてはさすがに文句も言えない。
顔を赤くして美味しいと言うのが精一杯の返事だった。

そして何よりもらしくない彼女の言動がシンジを苦しめているのだ。
そう、ゲンドウが苦しめているのだ。

「ねえアスカ・・・もういいよ、終わりにしない?疲れたろ?」
シンジはとうとうそうアスカに切り出した。
「何でですか?シンジ様が最初に仰ったんじゃないですか。女らしくしろって」
確かにそうなのだ。
シンジが最初に女らしくしろと口にしたのだ。綾波の名前まで引っぱり出して。
「それにアスカのしてる事って女らしくとは少し違うんじゃ・・・・」
「そんな・・・頑張ってきたのに・・・酷い」

泣き崩れるような『仕草』を見せるとシンジはそれ以上口を挟めなくなってしまった。

「なあ、ケンスケ、最近シンジやつれてきたと思わへんか?」
「ああ、それも急激にな。・・・・もしかしてあれは惣流の新手の嫌がらせじゃないか?」
「どうでも良いけど・・・・アスカ勘違いしっぱなしね・・・・・」


女らしさが何たるか生憎と彼女に教える者、もしくは教えられる者が居ないので初日と同じ口調と同じ態度で共に暮らしてから4日たった。
破壊力のある弁当はともかく『あの』短気なアスカがここまで絶えるとは正直シンジも驚いている。
それに今日までのかいがいしさには目を見張るばかりだ。
シンジよりも最初に起きて朝食の準備と弁当の仕度。帰ってきてからは掃除に洗濯に食器の片づけ。洗濯に至ってはシンジの洋服も一生懸命洗っている。

まあ何時もシンジが一人でやっていたことではあったが。

例え丸焦げの魚を焼こうとハレー彗星が衝突したような弁当を作ろうと洗剤を入れすぎて風呂場を泡だらけにしようと干してあるシンジの洋服を外に落とそうと食器を幾ら割ろうと一生懸命は一生懸命なのだ。

だがそれと共にシンジの中に悔しいようなやるせないような思いが沸き上がってきた。

・・・・加持さんのために一生懸命なんだろうな・・・・

たぶんアスカは加持と一緒に食事するのを楽しみに頑張っているのだろう。
何故か砂噛んだような気分になった。

「どうなさったんですかシンジ様?」

公園の砂場で転び顔を突っ込んでいるシンジにアスカは心配そうに声を掛けた。


「シンちゃん、どうしたのよ暗い顔しちゃってサー」
「何でもないですよ・・・・」

アスカが夕飯の買い物に出かけ居なくなりシンジはようやく一息ついた。
テーブルにはおやつのケーキが甘そうなクリームで身を包みシンジを誘っている。
ミサトの好きな『スペシャルデコレーションオリジナルケーキ』だ。

「随分参ってるみたいじゃない。そんなにきつい?」
「そりゃ・・・・当たり前じゃないですか・・・・」
「なんでー?優しくして貰ってるじゃない?それに女らしくしろって言ったのシンジ君でしょ。それに答えてるんだから嬉しそうな顔したら」

ミサトは相当に意地悪な顔でシンジに笑い掛ける。
勿論嫌みだ。

「アスカも酷いよなぁ・・・・もう止めようって言ってるのに・・・・」
辟易とした顔で愚痴をこぼした。ここ数日でシンジの体重は見事な急カーブで減少し、ミサトをたいそう羨ましがらせているのだ。
「・・・もう止めようねえ・・・へえ、えらくなったわねえシンちゃん」

一瞬の出来事だった、テーブルの向こう側にいたミサトの手が伸びシンジの胸ぐらを掴んだのは。

「あんた、一体何様のつもりよ!あんたの都合に合わせてコロコロ人が動くとでも思ってんの!?」
「ミ・・・ミサトさん・・・?」
「ふざけるんじゃないって言ったでしょ、あの子があそこまで一生懸命やってるのにもう止めようなんてよく言えたもんだわ!自分で言い出しといて今更虫が良すぎるとは思わないの!?」

シンジの顔から血の気が引いてくる。
彼女が怒ったのをみたのはこれで2回目だ。
そして誰かに怒られたことも2回目だ。

「しょうがないじゃないか・・・アスカは別に僕のために頑張ってるんじゃないんだ・・・」
「判らないって言うのは時々罪になるのよ・・・・知ろうとしないのはもっと罪になるのよ・・・」

大きく息を吸うとミサトはようやくシンジから手を離した。
部屋の中はまるで物音一つしないほど静まり返り自分の鼓動だけが煩く聞こえてくる。

「シンちゃん、たまには他人を知ろうと努力しなさい。そうしないと何時か後悔するわよ・・・」

そしてミサトは後悔した。
テーブルについた手の下に好物のケーキが悲しげに潰れているから。




NERV本部女子更衣室から気味の悪い笑い声が響いてくる。

「フェフェフェフェッ後一日・・・後一日よ。バカシンジ見返してファーストより女らしいと思わせるまで!!」

振り返れば苦しい日々だった。
洗濯に、掃除にとこき使った両手をいたわるように頬ずりする。
シンジがどことなくやつれているのは気のせいだろう。

「あたしもよく我慢してたわねえ。自分で自分を誉めちゃいそう!」

すっかり新しくなった自分のロッカーに抱きつきながら満面の笑みをこぼす。
慣れない言葉遣い、慣れない態度、慣れない仕事。

ホントによく頑張った!

取り敢えず誰も誉めてはくれないので自分で自分を抱きしめる。
「これでシンジに奢らせて・・・・そうだ、何食べようかな。ウーン悩むわ」

浮かれまくっているアスカの脳裏にふと疑問というか心配がよぎる。

・・・・あいつ、お出かけ用の洋服なんか持ってるのかしら・・・・





本部の廊下がこんなに長いとは思わなかった。
経費節減のため一本おきに蛍光灯の切られた薄暗い廊下をとぼとぼとシンジは歩いていた。

・・・・後一日か・・・・

別に奢るのは惜しくない。いや、多少は惜しいとさっきまで思っていた。だがついさっき更衣室で銀行の残高をみて死ぬほど惜しいと思い始めている。

泣きっ面に蜂という奴だ。そして自業自得とも言う。
更に言うなら後悔先に立たず。

「知ろうとしない・・・・か」

ミサトの言葉が頭に浮かんでは消えた。
ついでにあんな約束も消えてしまえばいいと思ったがまるで牛に押した焼き印のようにこびり付いて消えてはくれない。ついでに銀行の残高も増えてはくれない。

そんなシンジに明るい声が響く。

「あ、シンジ様。ご一緒に帰りましょう」


一体どこをどう歩いたか判らない。
気が付けば近所の公園にいた。

夕日がもう沈みかけ、ここには誰もいない。子供の遊び道具だろうスコップが一本置き忘れられている。

目の前を歩くアスカの髪が赤く染まっている。
シンジは自分の手を握りしめるとミサトの言葉をかみしめた。

・・・・後悔するわよ・・・・

「アスカ・・・・やっぱりもう止めよう。食事は奢るよ。だからもう止めよう」
「何でですか?せっかくわたしここまで頑張ったのに・・・」
「嫌なんだ・・・・アスカ・・・・もう・・・いつも通りにしてよ」

アスカの後ろ姿を見つめたまま微動だにせず言葉を紡ぎだした。
アスカのことが判らない、しかし自分の抱えた不満は判る。
「何で・・・もう・・・止めちゃうのよ・・・」

もしかしたら自分は楽しんでいたのかも知れない、我慢なんかしていなくて楽しんでこの一週間過ごしていたのかも知れない。

そう思うほどシンジの言葉が痛かった。

「加持さんと・・・その・・・・とにかく嫌なんだ!」
「加持さん?・・・・何のこと?」

アスカは訳の分からない顔で振り返ろうとした。
しかしシンジはそこにはいない。
後ろからしがみつくように抱きつかれアスカは思わず声を挙げた。
「バ、バカ!何すんのよ!は、離しなさい・・・・シンジ・・・あんた何泣いてんのよ?」

後一日過ごせばアスカは加持と食事するためにこの賭けに勝ってしまう。
アスカが加持のために頑張ってしまう。
その事がどうしても嫌だ!
シンジは自分の不安と不満を見つけることが出来た。

「何でもいいよ・・・・もう止めようよ・・・アスカ・・・もう・・・」

幾度も繰り返す。
そんなシンジの様子にアスカは自分の言葉を思い出した。

・・・・それも二人分ね!!あたしが絶対勝つんだから加持さんと一緒に食事行くの!!・・・・

「バカシンジ・・・あんたって本当にバカね・・・・人のこと知ろうとしないで・・・」

アスカの白い手が伸びシンジの頭に触れる。
彼の髪の間に白い指を滑り込ませゆっくりと撫でた。
子供をあやす母親のように・・・・・。

「ミサトさん・・・・知ろうとしないのは罪だって・・・・でも判らないよ」
「じゃあ・・・何で泣いてるのよ?」
「判らない・・・でも嫌だったんだ・・・・」

青い瞳にほんの少し笑みが宿る。
「嫌なのが判ればそれでいいじゃない・・・・他のことはそのうち判るわよ・・・きっと」

シンジの目から涙は止まろうとしない。
本気で泣いたのは何時のことだったろう。
涙を流すのがこんなに気持ちいいとは気が付かなかった。
アスカの体がこんなに暖かいとは知らなかった。

そしてアスカのことでこんなに涙が流れるとは初めて知った。

夕方のほんの一瞬、二人の影が大地に長く伸びていた。


「バカシンジ!!あんた何してんのよ!!さっさと夕飯にしなさいよ!!」
「うるさいなあ!!自分でやればいいじゃないか!!」

怒号が派手に響くミサトのマンション。
珍しくはない。
いつものことだ。

「大体あんた最近怠けてない!?すぐ出来合いの物で済まそうなんて手抜きもいいところよ!!」
「ああああ!!やりもしないのによく言うよな!!バカアスカ!!」
「何ですって!!シンジの癖に生意気言わないでよね!!」

ミサトはそのころ自室に避難している。彼女の同居人と共に。
「ペンペン・・・・お腹空いたわね」
「クェェェェ・・・・」
例えどんなに騒がしい者も夜の闇は文句一つ言わず優しく包み込んでいくのだった。


えんど

いかがでしたか?

ver.-1.00 1997-09/27公開

何かありましたらこちら!!お気軽にどうぞ

深夜の壊れた後書き

01:02 <&NV:Ohtuki__ > ・・・・・・・・・・・はぁ
01:02 <&NV:dionaea > どうも(^^)ディオネアです。
01:02 <&NV:TakoHachi> まいりましたね・・・・
01:03 <&NV:Izumi > ...........おいらのつまらないコメントでこの話を汚したくないです.......
01:03 <&NV:dionaea > 何か言って(^^;
01:03 <&NV:TakoHachi> さすがディオさん、構成力は我々の比じゃないな・・・
01:03 <&NV:Izumi > あぁ
01:03 <&NV:Ohtuki___> じわじわと・・・・
01:03 <&NV:Ohtuki___> 染みわたってくる・・・・・・・・
01:03 <&NV:Ohtuki___> この脱力感・・・・・・・・・・
01:03 <&NV:Izumi > ........はぁ
01:04 <&NV:TakoHachi> 君ら、この前は私のにため息こぼしてたけど、どうよ!?
01:04 <&NV:Izumi > ........もう..........
01:04 <&NV:Izumi > どうしてあんたらそんなに上手いんやっっっ!!!(爆)
01:05 <&NV:Ohtuki___> ・・・・・・・・・・(真っ白)
01:05 <&NV:Izumi > .....失礼しました.....
01:05 <&NV:dionaea > お題を頂いての小説というのは初めてでしたよ。
01:05 <&NV:TakoHachi> 我々もそうですよ
01:05 <&NV:dionaea > でもさすがに『シンジ様』の理由付けはきつかった(^^;
01:05 <&NV:TakoHachi> いやいや、すごいっすよ、シンジ様の理由の付け方
01:05 <&NV:Ohtuki___> ああ、星が見える・・・・・
01:05 <&NV:Izumi > ..........風が冷たいね....今夜は....
01:05 <&NV:dionaea > 薬ネタは使われてたんですよね(笑)
01:06 <&NV:TakoHachi> ああ、そうでしたね、薬ネタ
01:06 <&NV:Izumi > おいらも最初はクスリネタだった.....
01:06 <&NV:TakoHachi> ちょっと、ミサトさんが恐かったですけど
01:06 <&NV:dionaea > やっぱり(^^;やりすぎたかなとは思ったんだけど>ミサト
01:06 <&NV:TakoHachi> 映画のミサトさんみたいだった
01:07 <&NV:dionaea > やっぱりミサトさん怖かった?>ohtuki
01:17 <&NV:Ohtuki___> うん、でも・・・かっこいいとも思った(^^)
01:18 <&NV:dionaea > 有り難う(^^)あの話ではミサトさんがお気に入りなんで(^^;>ohtuki
01:08 <&NV:dionaea > そう言えば結局だれもレイが出てこなかったね(^^;
01:09 <&NV:TakoHachi> レイは、、、この次ぎの人(いるのかな?)に期待しましょう
01:09 <&NV:dionaea > ですね(^^)>たこはち
01:09 <&NV:Ohtuki___> 私はLAS人(爆
01:10 <&NV:Izumi > .........ぬけちゃおっかな(ぼそ)
01:10 <&NV:Ohtuki___> ・・・・・・はっ!?・・・ぼくはいらないにんげんなんだぁぁぁぁぁ
01:10 <&NV:Izumi > 僕だっていらない人間さ......
01:10 <&NV:TakoHachi> なんか、二人は壊れちまいましたね・・・
01:10 <&NV:Ohtuki___> ・・・・ま、冗談はさておき(コロ)
01:10 <&NV:dionaea > *^^*
01:10 <&NV:Ohtuki___> いやあ、引き込まれるってのはこのことですね(^^)
01:10 <&NV:Izumi > ........いいね....現実へ帰れる人は.....
01:10 <&NV:Izumi > 所詮.......一介の
01:10 <&NV:Izumi > ......
01:10 <&NV:Izumi > ..
01:10 <&NV:Izumi > .
01:10 <&NV:Ohtuki___> いつまでも壊れてんじゃぁない!!(バキ)>Izumiい
01:10 <&NV:Izumi > .....だって....しかたないじゃないか....
01:12 <&NV:TakoHachi> シンジは、シンジらしかったなぁ
01:12 <&NV:Ohtuki___> 今のIzumiみたい・・・(ボソ)
01:12 <&NV:dionaea > 情けないまま(笑)
01:12 <&NV:TakoHachi> あのいらつく、映画シンジだった
01:12 <&NV:dionaea >ついらくシンジ!!
01:13 <&NV:Izumi > 今...僕の頭の中で大きな古時計がエンドレスで流れてます(笑)
01:13 <&NV:TakoHachi> って、まとめは?(^^;
01:14 <&NV:dionaea > うーーーん
01:14 <&NV:dionaea > ではまとめ。
01:14 <&NV:Izumi > ....はいっ!と、まぁこんな我ででして、ディオネアさんのあとがきはしゅーりょーっ!!

ディオネア

えー作者です。
と言うわけでオクトパすトーリー企画、「彼女がかわった理由」でした。
まあベタベタなラブコメみたいな物ですが秋の夜、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。特に第何話をベースに・・・と言った話ではありませんのでお気軽にお読みください(^^;

ではお読みいただき有り難うございました。何か御座いましたら遠慮なく仰ってください(^^)
次回作も宜しければお付き合いください。

ディオネアm(__)m


 ディオネアさんのオクトパすトーリー作品『彼女がかわった理由〜例えばこんな理由〜』、公開です。
 

 ミサトさん、お・と・な〜(^^)
 

 ディオネアさんの描くミサトさんは、

 きつくて、
 怖くて、

 優しくて、
 暖かい。

 ですね。

 

 
 シンジくんは14歳。
 早く大きくならないと置いて行かれちゃうぞ〜(^^;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 オクトパすトーリーにやって来たディオネアさんに感想メールを送りましょう!


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