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彼女がかわった理由

〜偽りのない気持ち〜






ちゅん、ちゅん

雀の鳴き声の聞こえる穏やかな朝・・・・・
それは、いつもの朝のようでいて、ちっともそうではなかった・・・。

シンジがいつものように軽く欠伸をしながらキッチンに向かうと、
アスカが彼より早くそこにたっていたのだ。

「・・・?な、何で・・ア、アスカが?・・」
「あら、シンジ様おはようございます」
「へ?・・・シンジ様って・・・?」
「もうすぐ朝食ができますから、お座りになってお待ちください」
「え?、ううん・・・」

どういうことか戸惑っているシンジをよそに、アスカは手際よく朝食の用意をしている。

シンジはあたふたと言われた通り、近くにあった椅子に座る。

今日のアスカはちょっとゆったりとした白いシャツを着ている。
膝くらいまでの長さのある、空色のスカートが良く似合っている。

エプロンをつけて料理をしているアスカ。
その姿がとても可愛くて、シンジはしばらくの間見とれていた。

(こういうアスカも、すごくいいなぁ)

シンジはそう考えていた。幸せな気分を少しの間味わう。
しかし、ふと気がついてしまった。

アスカが時々、盗み見るようにしてシンジの様子を伺っていることに。

そして交わる、アスカとシンジの視線。
それは一瞬の事。
シンジは心の片隅で、何かを期待してアスカを見つめる。

しかしアスカはすぐに視線を外してしまう。

おびえた様に。
恐いものでも見てしまったかの様に。

(‥‥‥アスカ‥‥)

そう考えた瞬間。
不意に、シンジは激しい嘔吐感を伴った頭痛に襲われる。
そして懐かしい、そして感情のない声が聞こえる。


‥‥気持ち悪い‥‥


頭の中で響くこの言葉。
あの時にアスカが言った、最後の言葉。

シンジは自分が少しずつ変わっていくのを意識する。
その瞳に、冷たい光が宿る。

(‥‥くそ!!)

心の片隅で、荒々しい自分が吐き捨てるようにそう言う。
それは怒りにも似た想い。

(‥‥また‥‥‥か)

そしてその反対側の心の片隅で、どこか冷めた自分がそうつぶやく。
それは諦めにも似た想い。





ここは新しい世界



僕が作った世界

僕のためだけの世界



ここでは僕が全てだ



僕だけの世界



寂しい世界



歪んだ世界





「ねぇ、アスカ」

シンジは優しく、アスカに呼びかけたつもりだった。
しかしアスカは予想以上の反応を示す。

「はっ、はい!何でしょうか?シンジ様」

そう言ってびっくりして振り返る。

振り返った瞬間に手元に置いてあった箸を床に落してしまう。
アスカはその事に気がついていないようだった。

シンジは何気なしにその落ちて転がっていく箸を目で追いかける。
その箸は、アスカのスリッパに当たって止まってしまった。

シンジには、当然アスカの足も目に入る。
スカートから出ている、すらりとした足。
白い、形のいい、軟らかそうな足。

(!!!)

シンジは思わず息を飲む。
そしてその足の白さに目を止めてしまう。

シンジが何処を見ているのか気がついたのだろうか。
アスカはもじもじと、足を動かし始める。

(‥‥‥‥)

その仕草に、シンジは自分の嫌っていた感情が湧き起こるのを意識していた。
シンジは必死になって、アスカの足から視線を引き剥す。

不自然な沈黙が辺りに漂う。

「あっ‥‥あの‥‥シンジ様?」

沈黙に耐えられなくなったのか、アスカは少し震えた様な声を出した。
その声にアスカの顔を見てみれば、そこにはおびえたような表情しか浮かんでいなかった。

道端に捨てられて、寂しくて震えている仔猫。
そんな表現がぴったりな今のアスカ。そしてその表情。

(‥‥‥くっ)

しかしその表情さえ、シンジを虜にしてしまうのには十分なものであった。

整った顔立ち。美の女神が、特別に祝福を与えたようなその美しさ。
その顔に浮かぶ、おびえた表情。

少しずつ、シンジの理性を奪っていく。

「あの‥‥シンジ様?」

黙って自分を見ているシンジに、アスカは小さな声でシンジに呼びかける。
シンジは、やっとの事で言葉を吐き出す。

「そんなに僕のこと‥‥‥‥嫌い?」

目の前のアスカがどんな風に答えるのかは分かっていた。
シンジには、今のアスカが絶対に逆らわないと分かっていたから。

「そんなっ!そんなことありません!」

アスカの必死な叫び声。
それは、シンジの予想した通りの答だった。

(でも、アスカ‥‥震えているよ)

意地悪く、シンジは考えていた。
シンジは冷たく笑いながら、アスカに話かける。

仔猫をいたぶる様に。

「じゃあ、こっちに来てよ‥‥アスカ」
「え?」

ビクッとアスカの体が震える。
シンジは複雑な思いでその反応を見守る。

「どうしたの?」
「あ、あの‥‥‥朝食の準備が‥‥まだ‥‥‥」
「そんな事、いいから‥‥‥さ」
「‥‥‥」

うつむいてしまうアスカ。

「何もしないよ‥‥アスカ」
「‥‥‥」
「こっちにおいで」
「‥‥‥」

また沈黙が漂う。
アスカはその場を動かない。握った拳が小刻みに震えている。

そんなアスカの反応を、冷たくシンジは眺めていた。
それにも飽きた時、シンジは無言のまま立ち上がった。

そして足早にアスカに近寄っていく。
その気配に、アスカが顔を上げる。

「!!!」

その時に浮かんだ、アスカの表情。
目を見開き、顔を真っ青にさせる。

その表情を、シンジはしっかりと見たのだった。
間違えようのない、その表情が表すもの。

恐怖。

何か言葉を出そうとして、アスカの喉元が微妙に動く。
でも、凍り付いた喉からは何の言葉も出なかった。

(‥‥そう‥‥やっぱり‥‥ね)

怒りにも似た想い。そして悲しみにも似た想い。
それが、今のシンジからさらに理性を奪っていく。

後ずさりして逃げようとするアスカ。しかしすぐに逃げ場を失ってしまう。
シンジはそんな逃げるアスカの手を捕まえる。

「あ‥‥」

きつく握ってしまったためだろう。アスカが痛そうな顔をする。
シンジはそんなアスカの反応を無視して、抱き寄せる。

そして強引にアスカの唇を奪う。

「!!」

驚きのあまり一杯に見開かれたアスカの瞳。
抵抗しようにも、シンジは以外に強い力でアスカを抱きしめている。

動けない。動くことができない。

アスカの体から次第に力が抜けていく。
そしてアスカの瞳から、段々と光が消えていく。

シンジは気がつかない。

そしてその光が消え去った時。
アスカは、その心に何も写さなくなってしまっていた。

あの時のように、全てを拒絶して心を閉ざしてしまった。





永遠の黄昏。
それはサードインパクトが起こった後の、LCLの海の側でのこと。

無傷のシンジ。傷ついたアスカ。
シンジは、アスカに馬乗りになって首を締め付けていたのだ。

全てに絶望していた。そして心が麻痺していた。
そしてアスカを殺そうとしていたのだ。その後は、自分も死ぬつもりだった。

ゆっくりと自分の指がアスカの喉に食い込んでいく。

ふと気がつくと、アスカの手が自分の頬に添えられていた。
その事に気がついたシンジは、もうアスカを殺すことができなかった。

思い出してしまったから。自分がアスカのことをどう思っていたかを。
頬に添えられたアスカの手が、麻痺した心を癒してしまったから。
アスカの手の温もりを感じてしまったから。

シンジは、アスカに馬乗りになったまま泣いていた。

「‥‥気持ち悪い‥‥」

そうアスカが言ったように感じた。そう聞いたように感じた。
シンジは泣き続けた。全てを拒絶するように。全てから逃げ出すように。

そして意識が少しずつ濁っていき、何も分からなくなって‥‥‥

気がつくと、シンジはミサトのマンションの自分のベットで寝ていたのだ。
それが2日前のこと。

その時は、アスカはいなかった。
いや、この世界にはシンジ以外の人間は存在しなかった。
そしてネルフもエヴァも、この世界には存在しなかった。

今日起きてみたら、アスカが台所にいたのだ。
前の世界のアスカではない、偽りのアスカが。





もう1つの世界。シンジが逃げ出した、元の世界。
その世界での出来事。

かなり大きな、白い部屋の中。

ミサトは呆然と立ちすくんでいた。
ミサトの前にはリツコが座っている。その傍らにはマヤが立っている。
部屋の隅には、マコトやシゲルも立っている。

皆の表情は暗い。

「私達には、もう何もできない」

リツコが感情を押し殺した様な声でミサトにそう告げたのだ。

「じゃあ、シンジ君は‥‥」

そうつぶやく様に言うミサトに答える者は、誰もいなかった。

サードインパクト。起こったはずの惨劇。
しかし目を覚ました時、世界は何事もなかったように存続していた。
戦略自衛隊に惨殺された人々も、全て生きていたのだ。
逆にネルフの占拠に関わった戦略自衛隊は全員が死亡、あるいは発狂していた。

さらに酷い状態にあったのがゼーレの人間達。
その死顔には恐怖の仮面を付けて、見わけがつかない程にズタズタにされていた。

まるで、誰かの怒りをそのまま受けたかのように。

何が起こったのか。それは誰にも分からなかった。
しかし、殺される瞬間までの記憶は誰もが持っていたのだ。

レイは今も発見されていない。ゲンドウもまだ見つかっていない。
そしていつでも出撃できる状態にあったエヴァの中から、
シンジもアスカも発見されたのだが‥‥。

シンジは、今ミサト達がいる部屋の隣にいる。
ベットの上で、よく眠っている様に見える。
しかし少しずつ体温が下がり、脈拍数が減り、血圧も下がってきていた。
原因は不明。このままでは数時間で死に至るのは避けられない。

アスカもベットで眠っている。アスカにはシンジのような病状は現れていない。
一度だけ、ふと目を覚ましたことがあった。しかし呼びかけても返事をしない。
その瞳には何も写ってはいなかった。まるで魂のない抜け殻のように。

「何でなの‥‥」

ミサトの小さな声も、すぐに消えてしまう。





乱れていく呼吸を止めることができなかった。
それと同時に、荒々しくなる行動も止められなかった。

シンジはほとんど何も考えていなかった。いや、考えられずにいた。
アスカを台所の床に押し倒し、乱暴に服を脱がせていく。

それでいて、どこか遠くで自分の行動を見ているもう一人の自分に気がつく。
冷たい眼差しを、自分と自分の愚かな行動に向けている。

変わってしまい、何も考えられなくなる自分。それを見守る、冷静でとても冷たい自分。
そんな矛盾する2人の自分が、同時に、そして何の違和感もなく心の中に存在している。
そんな感じがしていた。

‥‥‥やがて。
シンジはアスカの着ていたものを全て剥ぎとってしまう。

現れたのは、この世で最も美しいもの。

雪の様に白いなめらかな肌。それでいて、人の温かさの欠けた肌。
完璧に整ったプロポーション。しかし、存在感のあまり無い身体。

どこか甘い香りがするような気がした。
どこかこの世のものではない匂いがするような気がした。

それでもそれは、とても美しかった。

シンジは時間が止まったかのように身動きをしない。
アスカを、アスカの身体をじっと見つめる。

しかし、冷静な自分は違う所を見つめている。

アスカの、光を失った瞳を。
アスカの、奇麗だったはずの心を。

悲しみを込めて。

全てを悟る。

(アスカは死んでしまった)

(‥‥‥僕を拒絶して‥‥‥)

乱暴だった自分が消えていく。
心の中には、冷静で冷たい自分だけが広がっていく。





夢を見る

それは幸せな恋人達の夢



二人、愛し合い

自然に求め合う



思い描いた夢



そう

それはただの夢



目の前の現実

これが結末



最低な結末



僕は逃げ出すことしかできなかった

そしてやり直す勇気もなかった



それでも求めている



消えない想い

消えるはずのない想い



歪んだ想い



悲しい

悲し過ぎる



辛い

辛過ぎる



もう耐えられない



だから終らせる



終らせる方法



それはごく簡単な方法



最低な方法





「ねぇ、アスカ?」

シンジはアスカが身動きできないように押えつけていた。
アスカは何も感じていないのだろう。その顔には何の表情も浮かんではいなかった。

シンジは無言のままアスカを見つめ、そして冷たく笑う。

「‥‥‥」

ゆっくりとシンジは手を離す。アスカは自分の体を隠そうとはしなかった。
押え付けられた格好のまま、横たわっている。
そんなアスカの様子を見ながら、シンジは立ち上がった。

「もう、いいよ‥‥アスカ」

何も答えないアスカを見下ろしながら、台所の隅に置かれたナイフを手にする。

「やっぱり僕を拒絶するんだね」

ゆっくりとナイフを抜く。

(終りにしよう‥‥何もかも‥‥)

ナイフが、冷たい光を放つ。
シンジの心はもはや動かなかった。

「さよなら‥‥アスカ」

そう言って、シンジは思いっきりナイフを胸に突き立てていた。
ナイフが人の肉に突き刺さる嫌な感触が、腕に鈍く伝わってきた。





絶対の力を手に入れる



全てを作ることができる力

全てを変えることができる力



望むものを手に入れられる

いらなければ捨てればいい

また新しく作ればいい



そう

ただそれだけ



僕はひとり寂しくて

アスカを望んだ



でも目の前にいるアスカは

本当のアスカではない



このアスカは僕を愛していない



そう

前の世界で出会ったアスカのように



だから



消してしまおう



一緒にいても辛いだけだから



‥‥でも‥‥





シンジは、胸に突き刺さったナイフを見つめていた。

痛みは感じなかった。でも、むやみに悲しく感じる。
流れる赤い血を、シンジは他人事のように見つめる。

シンジの細い腕で突き刺したナイフ。
そのナイフは、不自然なほど深く深く胸に突き刺さっていた。

シンジの胸に。

下半身の力が不意に抜ける。シンジはその場に崩れ落ちる。

「‥‥っう!‥‥ごほっ!!」

傷口から流れ出ない血が、喉をさかのぼってくる。
シンジは無意識にそれを吐き出す。

飛び散った血が、アスカの白い体にも赤い模様を描く。
しかしアスカは身動きひとつしない。

ずっと遠くを見つめたまま、動かない。

「‥‥ぼ、く‥‥‥に‥‥」

(僕にアスカを殺せるわけがないだろ)

シンジはそう言おうとした。

アスカが好きだったから。
例え歪んでいても、アスカに好意を持っていたから。

言葉は口から出なかった。
だから目の前に横たわるアスカには伝わらない。

(言えた‥‥と、‥‥して‥‥も‥‥‥)

アスカは全く動かないだろう。
そう信じていた。だからシンジはアスカの方を見ようとはしなかった。

確かめるのが、恐かったから。

シンジは目を閉じて、腕に更に力を入れる。少しでも痛みを感じるように。
ナイフが少しずつ胸にめり込んでいく。

しかし痛みを感じない。
感じるのは、やはり悲しみだけ。

(これで‥‥死ね‥るのか‥‥な‥‥)

そう考えた瞬間。
急速に頭の中で暗闇が広がっていく様な錯覚を感じて、
そして何も感じられなくなっていった。

落下するような感覚に襲われたのも一瞬。
体が前方に倒れていく。

(‥‥‥‥やっ‥‥と‥‥‥)

最後の瞬間。瞳から光が消える瞬間。意識が消える瞬間。
シンジは、無意識に目を開く。

アスカの瞳に、光るものが見えた気がした。

(‥‥‥きの‥‥‥せ、い‥‥‥か‥‥‥)

シンジは歪んだ笑みをこぼす。
そしてゆっくりと、シンジはその場に倒れていった。





「シンジ君‥‥今‥‥死んだの‥‥」

ミサトの震える声が小さく響く。

何もできず、ただ見守ることしかできなかった。
目の前に横たわる少年の、生命活動が停止する瞬間を。

その10分程前。
アスカは何の前触れもなく目を覚ました。

しかし、その瞳にはやはり何の光もなかった。

「‥‥‥」

ベットの上で上半身を起こしているアスカ。
アスカはミサトの言葉を聞いても、指1本動かさなかった。

「アスカッ!ねぇ、アスカッ!!」

更に必死に呼びかけようとするミサトの肩に、そっと加持が手を置く。
加持もこの世界では生き返っていたのだ。

目に涙を一杯に溜めたミサトが振り返る。
加持は、静かに首を振る。

加持に支えられてミサトはその部屋を出て行く。
一人残ったアスカは、同じ姿勢のまま動かなかった。

数時間後。深夜。

「‥‥‥‥」

最後に何かをつぶやいて、アスカも二度と醒めない眠りへと堕ちていこうとしていた。





消えていく世界

ここは僕が僕のためだけに作った世界



僕が消えれば

そこに存在したものは全て消える



絶望して1度は壊した世界

僕は寂しくてまた作り直す



でも他人と共に過ごすのが恐かったから

他には誰も作らなかった



でも独り寂しさに耐えられそうになかったから

アスカだけを作った



「気持ち悪い」

そう言って拒絶したアスカ



それでも前の世界で

心を許した数少ない人だったから



やり直せれば

今度はうまく行くかも知れない



そう考えたから



でも僕はまた拒絶されるのが恐かった

アスカを愛していたから



だから僕はアスカの性格を変えた



僕の都合のいいように

僕に従うように



僕を愛してくれるように



‥‥‥



愛したい

でも愛して拒絶されるのが恐い



愛して欲しい

でも見捨てられるのが恐い



‥‥‥



ここの世界でも

アスカは僕を拒絶した



心を閉ざし

もはや僕には答えてくれない



でもそれは当然の結果



‥‥‥



僕は最低な人間です



愛を望んでいる

誰よりも強く



でも愛して拒絶されるのが恐かったから

自分の都合のいいように人を変えた



本当に愛したい女性まで

変えてしまった



愛したくて

愛して欲しくて

その女性を変えてしまった





アスカ





いつも逃げて

傷つくことから逃げて

まっすぐに人を愛せない僕



愛されていないと

愛されていると確信しないと

恐くて人を愛せない

弱い僕



そんな僕が

アスカを変えてしまった



アスカの奇麗な心



でも僕の前に横たわっていたアスカの心には

何も写ってはいなかった



僕を拒絶して



僕は憎む

アスカを変えてしまった自分を



元に戻すために

この世界ごと

アスカを消すことにする



でも

僕にはアスカを傷つけることはできない



それに僕が生き続けたら

また同じことを繰り返すかも知れない



だから僕が消えることにする



もう苦しまないように

もう迷わないように



もう誰も愛せないように





シンジを中心に、流れ出た血が床に少しずつ広がっていく


アスカは動かない


時間が静かに流れる


やがて


世界が光を宿し始める


それは最初、微かな光だった


光はだんだんと強くなっていく


ゆっくりと


ゆっくりと


そして


その光が最高に強くなった瞬間


しゃぼん玉のように一気に弾けて


全てが


光の粒子となって


流れ始めた





アスカ



もうすぐ僕は消える

もうすぐお別れだ



君は聞いていないかも知れない



でも言っておこう

伝えておこう



アスカ



君を愛せなくて

ごめん



僕は弱いから

傷つくのが恐いから

愛することが恐いから



君を愛せなかった



愛することができなかった



ごめん



アスカ





光の粒子は


ゆっくりと


流れていく


小さな流れがいくつも重なり


渦を巻き


中心に集まっていく


少しずつ


集まっていく





もしも



またどこかで



また違う世界で



また君と出会えたのなら



今度は



今度こそは



アスカ



君を








愛したい








心から








それが



僕の



今の僕の



偽りのない気持ち






































































(もうすぐ‥‥消えれる‥‥)

「‥‥それでいいの?」
(‥‥え?‥‥!!ま、まさか‥‥)
「碇君」
(綾波!)
「貴方が消えれば、この世界はなくなるかも知れない」
(‥‥‥‥)
「でも、貴方には見えるはずよ」
(え?見えるって?)


浮かび上がる、1つの幻。
一人の少女が横たわっている。


(!!アスカッ!!)
「そう。君が愛したい女性」
(‥‥カヲル君まで)
「でも、彼女は今‥‥」
(え?)


シンジは幻を見つめる。
今のシンジには、アスカがどういう状態のあるのかが分かった。


アスカは死にかけている。


「‥‥‥‥」


シンジが見守る中、何かをつぶやく様にアスカの口が動く。
何を言ったのかは聞こえない。


(何でアスカが‥‥)
「このままでいいの?」
「彼女を救えるのは君しかいないんだよ」
(‥‥でも‥‥)


シンジはうつむく。


「君が助けるしか‥‥ね」


カヲルの優しい声が小さくなって、やがて消えてしまう。


「‥‥碇君」


レイの心配そうな声も、同じく消えてしまう。


一人残されるシンジ。


シンジは幻を、幻の中のアスカを見つめる。
握った拳が、微かに震え出す。


言いたかった言葉が頭をかけ巡る。
胸の中で、何かが大きくなっていく。


自分の気持ち
伝わらなかった想い


偽りのない気持ち


その気持ちが、想いが、シンジの中で大きくなっていく。


やがて。


アスカの体から生命の光が消えていく。
シンジにはその光が見える。


微かな光。
消えそうな光。


自分の意識が消える瞬間に見た
アスカの瞳にあった同じ光。


そして突然。


「‥‥シン‥‥ジ」


聞こえなかったアスカのつぶやき。
その声が今、はっきりと聞こえてくる。


(アスカ!!)


シンジは無意識にその名前を叫んでいた。


その瞬間。


全てが光に包まれて。
シンジは意識が真っ白になるのを感じていた。






































































「シンジ!!さっさと起きなさい!!」
「え!?」

シンジは、はっと目を覚ます。
悪い夢でも見ていたのだろうか、少し寝汗をかいていた。

「‥‥‥」

ゆっくりと周りを見回す。自分の部屋。
今いるのは、もう何年も使っているベットの上。

見慣れた感じ。しかし、初めて見るような感じ。
不思議な感覚が、シンジを襲っていた。

(‥‥ああ)

シンジは、自分の記憶が全て残っている事に気がつく。
その事に、どうしようもなく絶望感を感じる。

忘れたかった。忘れてしまいたかった。
自分がアスカにした事。自分の罪。

しかし、全てを覚えている。

目の前には、一人の少女が立っている。
シンジはじっとその少女を見つめる。

いつものアスカが立っている。

(でも、よかった‥‥何ともないみたいだ)

そして安心していた。
会いたかったアスカにやっと出会えた事を理解する。

「何、人のことじろじろと見てるのよ?」
「え?あ、ご・ごめん」
「ま〜たアンタは‥‥」

シンジが口にした「ごめん」という言葉に、アスカはまた小言を始める。
シンジはその言葉を聞き流しながら、考え込んでいた。

(でも、これでよかったのかもしれない‥‥僕が記憶を残してる事)
(もう二度と、あんな事はしたくない)

目を閉じれば、アスカの光を失った瞳が見える気がした。
何も写さないアスカの心が見える気がした。

シンジはそっと首を振る。

(やめよう‥‥もう終ったのだから‥‥)

「シ〜ン〜ジィ〜〜」
「いたた‥‥痛いって、アスカ。耳引っ張らないで‥‥」
「全く、ボ〜〜〜〜として。いつもより酷いじゃない」

ぱっとシンジの耳から手を離すアスカ。
シンジは痛そうに、その耳に手を当てる。

「早く起きて。もうすぐレイもカヲルも来るんだから」
「‥‥うん」

(そうか‥‥綾波もカヲル君も、ここにはいるんだ‥‥)

少しずつ、この世界の事が分かってきた。
レイもカヲルもいる。多分他の人も、それぞれ違った生き方をしているのだろう。

それぞれ、何か幸せを見つけて。

「あれ?でも何で来るの??」
「何でって、アンタ、もしかして忘れてるの?」
「え?」
「おじ様とおば様、それとレイ達と一緒に服を買いに行くって前から言ってたでしょう?」
「何の?」
「加持さんとミサトの結婚式に着ていく服!」
「そうだったっけ?」
「‥‥はぁぁ」

アスカは深いため息をついている。
シンジはそんなアスカを見つめて、また考えている。

(覚えていないんだ‥‥前の世界のこと)
(‥‥その方がいいのかも知れない)

(でも、僕は覚えておかなくちゃいけないんだ)

(もう‥‥道を誤らないように‥‥)
(もう間違わないように‥‥)

シンジは、深く息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。


(そして‥‥伝えていこう)


じっとアスカを見つめる。
アスカも真正面から、シンジの顔を見つめる。

「‥‥何よ?」


(また、違う世界でアスカに出会えたのだから)


「アスカ」
「ん?」


(僕の、偽りのない気持ちを)


シンジははっきりとアスカに言った。






























「好きだよ」




















消えない記憶

罪の証



僕はずっと覚えているのだろう

でも、それでもいい



アスカにまた出会えたのだから



もう間違わないように

もう後悔しないように



生きていこう



そして伝えていこう



伝わらなかった想いを

伝えたい想いを



アスカに

伝えていこう



それは



僕の






























偽りのない気持ち
















ver.-1.00 1998+01/21公開
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 おち・まおさんのオクトパすトーリー作品『偽りのない気持ち』、公開です。
 

 
 犯した罪をおぼえているシンジ、
 何をするべきかを知っているシンジ、

 明るい学園EVAの世界が
 また違った方向から感じられますよね。
 

 「好き」という言葉がとっても重みを持って伝わってきます。
 

 受けたアスカもそうですが、
 発したシンジの。
 

 目を見て真っ直ぐな言葉が。

 たくさんの−
 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
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