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オクトパすトーリー2・お題イラスト計画

パラレルEPS

「涙…+α」

EPISODE:04' L'âme de refrain




別れ


 ガション!

 リフトのシャッターが開き、紫の巨人・EVA初号機が姿を現す。

 『シンジ君。距離300まで近付いたら、パレットの一斉射。そして、レイの救出。いいわね?』
 『はい。』

 発令所からの通信が耳に入る。
 消えかける意識の中、レイはただその声だけを認識した。

 「碇君…?」
 固く閉じていた瞳を、うっすらと開ける。
 ただそれだけなのに、相当の痛みが伴う。

 レイのプラグスーツの表面には、まるで葉脈のような模様。
 身体の中で何かがうごめく感触。

 レイは、今使徒に侵食されていた。
 零号機の腹部からは白く発光する紐のような使徒。
 そして、それに向かって来る初号機の姿が見えた。

 (碇君…)
 心が、初号機の方に傾く。
 そして。



 シュルッ!

 レイがそう考えた瞬間、使徒は初号機の方にその一端を延ばす。

 「うわっ!」
 幸い初号機は身をかわし、その攻撃はパレットガンを破壊するに留まった。
 使徒は再び襲って来る。
 それをすんでの所でかわす初号機。

 (これでは、近付けない…)
 そう思って、一瞬諦めかけた。
 しかしそうなればレイがどうなるのか。
 想像するのは難しくなかった。

 (逃げちゃ、だめだ…)

 シンジは、その後も定期的に迫って来る使徒を避けながら、どうすれば零号機の所まで行けるのかを考えていた。
 だが、答は出ない。



 (これは…私の心? 碇君と、一つになりたい…?)

 ずきん。

 胸が痛む。
 シンジの顔が、目の前にちらついた。

 「…だめ。」
 必死で自分を押え込む。
 そうすれば、使徒も押え込めるはず。
 そう願って。

 レイは、シートの腰部パーツに手を延ばした。
 震える手が、苦痛を物語る。

 カチリ。
 カチリ。
 ゆっくりと、レバーを回す。
 半回転させると、レバーが落ち込み小さなキーボードが現れた。

 「MODE D」
 ディスプレイにはそう表示されている。

 「PASSWORD」
 カーソルが点滅している行には、その一語があった。



 ためらいもなく、レイの指はキーボードを叩く。
 途中、痛みで何度も間違えた。
 だが、やめようとはしなかった。

…それで、シンジが助かるのなら。
 そのためなら、私はどうなってもいい。
 私には…代わりがいるもの。

 最後に、「ENTER」を押す。
 ディスクが高速回転を始めた。

 ディスプレイに大きく爆発までのカウントが表示される。

 「これで…いいの…」
 再びレイはシートに座り直す。

 使徒の侵食は首を通り、もはや顔にまで達している。
 呼吸も苦しくなってきた。
 もう、限界だ。

 最後に、零号機に命令を与える。

…ATフィールド、反転。

 レイは、待った。



 零号機のATフィールドの反転は、当然発令所でも観測されていた。

 零号機、ATフィールド反転!
 マヤが、叫ぶ。

 「何ですって!?」
 「使徒を押え込むつもり?」

 「そんな…」
 再び呟くマヤ。
 顔が青い。
 両手で口を押えながら、がたがた震えている。

 「MODE D」
 明らかなその表示。
 それは、自爆を意味していた。

 「レイ…死ぬ気?」
 ミサトの呟きは、喧騒にかき消されて、誰にも届くことはなかった。

 『綾波っ!』
 メインモニターには、叫ぶシンジの顔も映し出されている。

 しかし、そのとき。
 時は満ちて。



 驚くほど、静かだった。
 あのうるさい蝉も、鳴いていなかった。
 全ての時が、そのとき止まった…。

 生まれる光。
 飲み込まれるもの達。
 形あるもの、形のないものまで、ありとあらゆる「存在」を飲み込み膨張する光。
 源には、零号機が。
 レイが、いるはずだった。

 もの凄い熱。
 激しい衝撃波が、辺りを徹底的に破壊しつくした。

 まるで太陽の誕生をも思わせるような光がようやく薄らぐ。

 後に残ったのは、灼けただれた地表。
 もはや、何もない。
 クレーターと化している。

 そして。
 その中に、独りぽつんと取り残された、影。
 初号機。

 何かをつかもうと手を延ばした姿勢で、初号機はぴくりとも動かなかった。



 辺りが完全に空の青さに戻った頃、初号機はようやく動きを見せた。
 小刻みに震える手。
 膝が、同じ動きを始める。

 がくん。
 初号機は膝を折り。

 手から力が抜け。

 うなだれて。

 「う…」
 最後に、鳴咽が漏れる。

 「うう…」

 両手を地面について。

 そして。
 初号機は地面につっぷす。

 うああああぁぁぁぁっっ…!
 半ば叫びに近いような声を、シンジは…初号機は、発した。



 現時点を以て…
 ミサトは、肩を震わせながら全員に聞こえるように言った。

 戦闘配置を解除。作戦を終了します。
 握られた拳に力が込められる。

 「…生存者の救出、急いで!」
 最後に、付け加えた。
 あれだけの爆発だ。
 レイが生きている筈はない。
 理解していたが、心は理解を拒否した。

 「・・・」
 誰も、何も言わない。
 心中を察するからこそ、何も言えなかった。

 そんな中、ただ独り、冷静にリツコが付け加えた。

 「もしいたら、の話ね…」

 その声に、「きっ」とばかりにミサトが振り返る。
 だが、その視線の先にいたリツコは、ミサトから顔を背けていた。
 自分の感情を隠すように。



 数十分後。
 リツコは、研究チームを連れて地上に来ていた。

 灼け焦げたエントリープラグを発見したリツコは、その中をのぞき込んだ。

 中は、黒一色。
 ぼろぼろで、今にも崩れ落ちそうなほど。

 顔もしかめず、リツコは傍らの男に告げた。

 「このことは部外秘とします。プラグは回収、関係部品は処分して。」
 「はい。」

 黙々と、職員達は動き続けた。
 リツコは、その場を逃げるように去る。

 辛うじて爆発の影響を受けなかった森。
 そこに、彼らはいた。
 蝉が、鳴いていた。
 大合唱だった。

 まるで、レイを悼むかのように。



 シンジは、あの後なんとか家まで帰ってきた。
 アスカと一緒に。

 涙すら出ない事に少々驚きながらも、その原因ははっきりと分かっていた。
 あまりに急で、信じられないのだ。
…いや。信じたくない、と言った方がいいだろうか。

 もう太陽も山の向こうに沈み、辺りは薄暗くなっている。
 だが、シンジもアスカも電気をつけようとはしなかった。

 ただ、ぼーっと無気力に座っているだけで。
 それしか、できなかったし、したくもなかった。

 くぅ…

 アスカの腹時計が、空腹を主張する。
 いつもなら真っ赤になるところが、そういう気分にすらなれない。

 シンジは幽霊のようにユラリと立ち上がり、台所へ向かった。

 「何か…作るよ…」
 消え入りそうな、小さな声だった。



 食事も黙々と進んだだけで、いつものような活気はない。
 唯一、電気がついていることだけが暗い泥沼状態に差し込む一筋の光明に見えた。

 食べ終わっても、その雰囲気は変わらない。
 空には、もう星が輝き始めている。
 大小、明るさも様々な星達が空に織りなす、世界最高の美。
 それすらも、二人の心を癒すことだけはできなかった。

 ただ何もしないで時間は過ぎる。
 二人とも、微動だにせずに座ったまま。
 2人の間を、時計の音のみが通り過ぎ。

 ピピッ!

 時計が、11時を示す。
 ようやく、シンジが口を開いた。

 「寝ようか…」
 「そうね…」

 最低限の会話だけを交わし、二人はそれぞれの部屋に向かうと、そのままベッドに倒れ込んだ。



 暗闇。
 その中で、シンジの目は開いたままだった。

 思い返すのは、昼間の事。
 零号機の自爆。
 そして、何もできなかった自分への悔しさがこみ上げる。

 やり場のない感情が、目から溢れ出た。
 止めどなく溢れる涙を拭おうともせず、シンジは静かに泣いていた。

 (綾波…)
 今まで見たレイの顔が、一瞬のうちに全て蘇る。

 初めて出会った時の傷ついたレイ、学校での無表情なレイ。
 そして、にっこりと月光の下で微笑んだレイ…。

 (…どうして。どうして、自爆なんか…)

 「さよなら」。
 確かに、最後の瞬間シンジにはそう聞こえた。

 (…でも、僕は結局何もできなかった。…ただ、見ているだけで。何とかしようと思えばできたはずなのに)
 後悔が、だんだんと溜っていく。

 (僕には…それだけの力があるはずなのに)

 それは、傲慢ではない。
 事実シンジは、強大な力を持っている。
 第14使徒の侵攻の際に、精神を初号機に取り込まれてしまったシンジは、元の自分の身体を失って、結局初号機の身体で暮らすことになった。
 外見は碇シンジという「人間」そのままだが、実のところ中身は初号機なのである。

 レイは自分を守るために自爆を決行した。それは誰の目にもあきらかだった。
 だから、なおさら罪悪感は募る。

 「綾波…」
 帰ってくることのない返事を期待して、虚空に呼びかける。
 思い通り、何の変化もなかった。




再会


 「…碇」
 薄暗い、部屋。
 長い影を従えた、2人の男がいた。
 影があるとはいえ、時刻を推し量ることはできない。

 碇と呼ばれた男…NERV司令・碇ゲンドウ…は、無言で答える。

 「本当に、良かったのか。」
 「問題はない。…3人目を起こすまでだ。赤木君が作業をやっている。」

 と、電話が鳴りだした。

 引き出しを開け、ゲンドウは受話器を取る。
 耳に当てると、いつもの通りの声で話し始めた。

 「碇だ」
 『赤木です』

 「どうした」
 『レイ・サードの起動に失敗しました。』
 「何故だ」
 「原因は、目下の所不明です。ただ、仮説ですが…レイの魂がまだどこかをさまよっているものと考えられます』
 「そうか。早急に対処するように。…委員会がうるさいからな」
 『はい。』

 用件だけの色気ない会話。
 彼らにはそれでも十分すぎるほどだった。
 ゲンドウの顔色は分からない。
 が、相当青ざめているかまたは険しいかだろう。

 長年のつきあいから、冬月はそう踏んでいた。

 「何があった」
 「3人目を起こすのに失敗したそうだ」
 「なに…」
 「とりあえず急がねばならん…。」
 「そうだな…」



 時間は、遡る。

 「00:01:00」
 残り一秒。
 その時から、レイには時間がゆっくりになったように見えた。

 00:00:60
 意識が消えて行く。
 使徒のうごめく痛みが、体力から思考力から精神力まで全てを奪い去っていく。

 00:00:20
 視界がぼやける。
 もう、自分がどこにいるかすら分からない程までに。

 そして。



「00:00:00」



 タイムリミットが訪れた。

 何の音もない静寂の中で、レイは光に飲み込まれた。

 『碇くん…』
 最後のつぶやきと、同時にその目から流れ落ちた一粒の滴を残して。



 「綾波…」
 もう一度、シンジは呟く。

 「答えてよ…綾波…」
 答えのないことは、分かり切っている。
 だが、それでもシンジは言わずにはいられなかった。
 レイが死んだのは嘘だ、そう思いたかった。
 また、あの笑顔が見たかった。

 だが。
 もう、それは帰ってこない。
 永久に。

 レイのクローンが多数あることは承知の上だ。
 それでも、「レイが生きていた」という情報が今までない以上は、その起動に失敗したのだろうということは分かる。

 つまり、レイは帰ってこないのだ。

 「どうして…どうして一人だけ…。自爆なんて…することなかったのに…っ」
 何もない空間に向かって、シンジは呼びかけ続けた。



…いつの間にか、シンジは眠りに落ちていた。

 『碇君』
 レイが、微笑む。

 『綾波! 帰ってきてくれたんだね!』
 シンジの顔がぱっと明るくなる。

 『ええ…』
 『よかった…。本当に、よかった…』
 『碇君…。会いたかった…』

 しばしの抱擁。
 そして、シンジは、思わず流れそうになる涙をこらえ、精いっぱい明るく言った。

 『ねえ、綾波。』
 『なに?』
 『これからは、みんなで一緒に生きていこう。』
 『ええ…。』
 『約束だよ。…最後の戦いが終わるまで。』
 『約束…』



 そこまで来て、目が覚める。
 外は、もう朝になっていた。

 落胆の色を隠せないシンジ。
 現実は辛いものと実感する。

 「夢か…あんなに上手く行くわけないもんな…」
 少し自嘲的に呟いてみる。
 口元の笑みとは対照的に、目は悲しそうだった。

 無理のないところではある。
 なにしろ、昨日目の前でヒトが消えるところを見たのだ。
 助かるはずもない状況。
 しかも、消えたのは仲間だった。
 それも自分と殆ど同じと言ってもいいような存在が。

 ショックは、今更ながら重くのしかかってくる。
 あたかもシンジをつぶしてしまおうとするかのように…。

 「綾波…」
 再び、シンジは悲しげな声で呼んでみた。



 『…波…』
 声が聞こえた。
 懐かしい、そして今の自分が最も求めている声が。

 『綾波…』
 また。
 自分を呼ぶ声がする。

 私はどうなってしまったのだろう?
…そうだ。
 零号機を自爆させた。
 それから…

 3人目が起動されたのだろうか。
 だが、どことなく違和感がある。
 周りは、光で一杯のようだ。

 『綾波…』
 また、呼ぶ声が聞こえた。

 とりあえず、それに意識を集中してみよう。
 そうすれば、きっと…。

 (碇君…)



 『碇君…』

 突如、その声は聞こえた。
 シンジは、我が耳を疑った。

 がばっ。

 起きあがる。

 「そんな…」
 驚愕の色が顔に出ていた。

 「そんなはずは…」
 目の前にある事実を否定したい。
 その気持ちで満たされていた。

 しかし。

 『碇君…』
 「声」は、確かに自分を呼んだ。
 忘れもしない、レイの声が。

 綾波っ!?
 思わず声が大きくなる。
 その声を聞きつけたのか、アスカが部屋に入ってきた。

 ファーストがどうしたの!?

 2人の目の前で、空間に、異変が生じた。



 何もないはずの空間。
 息を潜めて見守る2人。

 さわ…

 かすかな風が吹いて。
 光の粒子が集まり始めた。

 それは、次第に人の形をとり…。
 顔が判別できるほどになった。

 紛れもない、レイの顔。

 「フ、ファースト…」
 「綾波…」

 『碇君…』
 レイの顔がほころんだ。
 唐突に、シンジに抱きつく。

 『碇君…!』

 だが、その手は、その身体は、空を切る。
 再び試すが、やはり同じ。
 いくらやっても、レイはシンジに触れることができなかった。



 『どうして…どうして?』

 せっかく会えたというのに、何故。
 そう思う度に、胸が痛んだ。

 『私は…』

 何故碇君に触れられないのだろう。
 イタイ。
 クルシイ。
 心が、苦しい。

 助けを求めるように見上げたシンジの顔は、悲しげで。
 それがレイに、つらい事実を、知らせた。

 そこにいるのは、確かに「綾波レイ」。
 ただ。
 実体ではなく、霊体のような存在の。

 よく見れば、透き通って見える。
 やはり、レイは…。

 これは、さまよえる魂なのだ。



 「…報告を聞こう」
 「はい。」

 NERV司令執務室。
 広大な部屋には、セフィロトの樹。

 そして、相も変わらず机が、人物が、すべてのモノが長い影を床に落としていた。

 リツコは、ゲンドウに報告書を差し出した。
 ゲンドウは受け取ると開く。

 リツコが話し出した。

 「…レイ・サードが起動できないのは、ガフの部屋が空になっているためだと推測されます。」
 「つまり?」
 「恐らく、レイの魂は未だどこかを彷徨っていると言うことです。」
 「対策は?」
 「魂さえとらえることができれば、あとは起動するだけです。」
 「他の準備はできているのだろうな」
 「はい。…なお、レイの行方ですが…」
 少し間をおく。

 「…MAGIは、『サード・チルドレンの元』と言う回答を確率80.25%で提示しています。」
 「そうか。…調査してくれ」
 「分かりました。では、失礼します。」
 「うむ。ご苦労だった。」

 リツコは、部屋を出ていった。



 『3人目の私は…?』
 ようやく少し落ち着いたのか、レイはシンジに聞いた。

 「まだみたい。…綾波がここにいるからかも知れない。」
 『そう…』

 沈黙。

 アスカは、既に外に出ている。
 「秘密の話だから」と言うことで、何とか部屋に戻ってもらった。
 いくら何でも、レイがクローンだなどと今はまだ言えない。

 『私は…戻らなくてはいけないのね…』
 レイが言う。

 「本当に、それでいいの?」
 シンジは、心配そうな顔で問い返した。

 『え…』
 「確かに、今の綾波が帰れば3人目は起動するだろうし、また生きられると思う。…けれど…」
 『・・・』
 「…記憶は無くなってしまうんだろ?」
 『知って…いたのね』
 「…うん」

 『本当は、怖いの…。いやなの。自分が消えてしまいそうで。』
 「なら…」
 『でも、碇君に触れられないのは悲しい。悲しいけれど…』
 「綾波…」
 『碇君と過ごした日々が無くなるのは、もっといや…』
 レイの眼から、光の雫が落ちる。

 「なら…ここにいればいいよ」
 シンジは、優しく言った。

 『ありがとう…』
 目に涙を浮かべながら、レイは微笑んだ。




拒絶


 薄暗い部屋。
 ディスプレイからの光が、不気味に部屋の主を照らす。

 「…思った通りね。」

 ニヤリ。
 口元をゆがめた笑い。

 煙草を一服。

 「…あっさり見つかって、有り難いわ。」

 キィ…

 椅子の立てる小さな音。
 彼女は立ち上がる。

 電話をとり、番号をプッシュする。
 数回の呼び出し音の後、電話はつながった。

 『碇だ』
 「赤木ですが。…レイ、発見しました。やはり、葛城三佐の自宅です」
 『分かった。すぐに準備をしたまえ。私も行く。』
 「はい。」



 「…で、結局アンタはファーストなのね?」
 『ええ…』
 「全く…驚かすんじゃないわよ、もう。」
 『ごめんなさい…』

 ピン、ポーン

 チャイムが鳴った。

 「はーい」
 シンジが出ていく。

 (誰かな…?)
 怪訝に思いながらもドアを開けるシンジ。

 プシュッ!

 そこに立っていたのは…。

 「父さんに…リツコさん…」



 「おじゃまするわよ」
 「え?」

 有無をいわさず中に入る。
 シンジのことは目に入ってすらいない。

 「ちょ、ちょっとリツコさん…」
 シンジが後を追う。

 2人は、居間に向かっていった。
 無表情のまま。
…いや、強いて言えば冷徹な表情で、と言った方が的確だろう。

 (まさか…)
 シンジは、イヤな予感がした。

 居間に入る。
 無言のまま。

 そこには、レイがいた。
 正確に言えば、「レイの魂」であるが。

 『碇司令…』
 レイは、その名前を口にした。



 「レイ…」
 ゲンドウが重い口を開く。
 次の言葉は、決まっていた。

 「…こんな所で、何をしている。早くサードの立ち上げをせねばならんのだ。」

 『・・・』
 レイは、うつむいた。

 「どうした、早くしろ。ついてこい」
 急かすような口調。
 いつもレイに向けていたあの笑顔が、今はなかった。

 「レイ」
 リツコも呼ぶ。

 『・・・』
 レイはうつむいたまま。
 手をぎゅっと握りしめている。

 そして。
 答えた。

 『…いやです』



 「何故だ」
 『・・・』
 「答えろ。何故だ」

 『三人目に私の記憶は残らない…。だからです。』
 「・・・」
 『私は、今までたくさんのことを学びました。…嬉しいこと、悲しいこと…心を、学びました。』
 「・・・」
 『そのことが消えてしまう、それがイヤだからです』

 「そんなモノに、価値などない」
 ゲンドウは、冷たくに言い放つ。

 「我々が必要としているのは、そんな陳腐なものではない。…時間がないのだ、我々には」
 「そう。あなたには、感情は必要ないモノなのよ。」
 リツコも。

 「あなたがこないというなら、無理にでも連れていくまでよ」
 リツコは、ポケットから何やら棒のようなものを出した。

 「電磁柵で束縛すれば、あなたは逃げられない。霊体と言えどエネルギー体と言うことに変わりはないわ」



 「さあ、来るのだ」
 「それ以外、道はないわ」

 父さん! リツコさんまで!
 シンジは、あまりなものの言いように怒りを覚えた。
 だが、2人は動じない。

 『・・・』
 再びレイの沈黙。

 リツコが、棒をぐっと握った。

 カシャン!

 音を立てて、棒が伸びる。
 そして、棒は第8使徒を捕獲するときに使った電磁柵の小型版となった。

 一歩、リツコはレイの方に歩み寄る。
 レイは、怯えるように逃げる。

 そして、とどめの一言が放たれた。

 「…所詮、あなたは人形なのよ。」
 リツコだった。



 キンッ!

 甲高い金属音がした。
 次の瞬間、リツコの持っていた電磁柵はバラバラになっていた。

 無言で、シンジが2人の前に立ちはだかる。

 「何のマネだ」
 「綾波は…」
 明らかな怒りが見えた。
 赤い瞳が、2人を射る。

 綾波は、父さんの人形じゃない!
 壁が震えるほどに、シンジは大声を出した。
 アスカもシンジにならう。

 「綾波は、心を持ってる。自分で考えて、自分で行動できるんだ。れっきとした、『人間』だよ! もう、昔の綾波とは違うんだ…」
 『碇君…』

 「誰にだって自分の行動は自分で決める権利がある。それを奪うことなんか、誰にもできるはずがないんだ!」

 「詭弁だな」
 あっさりそう言うゲンドウ。
 眼鏡の向こうのその瞳には、何の色も見えない。

 「感情など、不要だ。我々にとっては。」



 「父さん…リツコさんも。…見損なったよ」
 相変わらず姿勢を崩さず、シンジは続ける。
 目には、軽蔑するような光。

 自分自身、シンジは驚いていた。
 どこからこんな言葉が出てきたのだろう。
 何より、冷静にゲンドウと話ができたことに驚いていた。

 「・・・」
 「・・・」
 リツコ、ゲンドウは、一言も発しない。

 「…感情があってこそ、ヒトはヒトたるに値するんだ。父さんも知ってるだろ。リリスから生まれた生命体たちの内、心を持っているのは人間だけだ。…なのに、どうして父さんはその価値を認めようとしないの?」
 「・・・」
 「…結局、父さんは『憶病』なんだね。…全てが自分から離れていくのが怖いんだ」
 冷たい視線を向ける。
 ゲンドウが、ぴくりと反応した。

 「憶病」…。
 どこかで言われたことがあるな、そう思った。
 一体どこで。誰に。
…そうだ。
 ユイにだ…。



 今から思えば、遠い、昔。
 京都のとある喫茶店にて。

 テーブルに向かい合って話をするカップルが居た。
 それだけなら何ら不思議でもなんでもない。

 ひときわ人の目を引いたのは、その2人の間の雰囲気の違い。
 優しそうな、きれいな女性と、何かをねらっているような、そんな男性。

 女は碇ユイ、そして男は、六分儀ゲンドウと言った。

 『それで…』
 自分自身のことを話したゲンドウ。
 それを終始笑顔のまま聞いていたユイは、おもむろに口を開いた。

 『…あら。六分儀さんって意外と憶病な方なんですね』
 ユイは、微笑みながらそう言った。
 言葉ではけなしているが、表情は全くそうと感じさせない。

 『憶病?』
 『ええ。…だって、いつも他人を避けてるような気がします。…あ、お気に触ったらごめんなさいね。』

 『そうかも知れないな…』
 自分の行動を振り返ってみて、そう呟く。

 会話は、とぎれた。



 「…分かった。」
 ゲンドウは、口の端をつり上げて笑いながら言った。

 「レイにこれからのことを決めさせる、それでいいんだな?」

 「!」
 リツコが目を見開く。

 「しかし、司令…」
 「赤木君」
 有無を言わせぬはっきりとした声。
 リツコは、引き下がった。

 「はい…。」
 多少言葉を軟化させ、ゲンドウは再びレイに問うた。

 「レイ、お前はどちらがいいのだ。…このままか、それともサードを起動させるか」

 (私は…)
 レイは、考えに考える。

 『私は…。』



 さっきは、確かに記憶を無くすことが絶対にイヤだった。
 だが「ちょっと待って」、と心のどこかが言う。

 身体と記憶、どちらが大切なのだろう。

 記憶だけあったとしても、それはただ情報が詰まっているだけ。
 何の意味も為さない。
…かといって、身体だけでもどうなるというものでもない。
 身体と記憶、これは二つ揃って初めて存在意義を発揮するものなのだ。

 (ならば、私は…)

 どうしたらいいのだろう。

 再び、心が何かを叫ぶ。
 それに耳を澄まし、考える。
 きっと、何かあるはず。
 両方とも生かす何か手段が。

 そして。

 あることに思い当たった。



 軽く閉じていた目を、レイは開けた。
 思い詰めたような表情は崩れていない。

 『司令。』
 「決まったようだな」
 『はい。私は…』
 一瞬の躊躇。
 それこそが、彼女が得た「優しさ」なのか。

 『サードを、起動させて下さい。』
 きっぱりと、そう言い切った。

 綾波!?
 シンジは驚いて振り返る。
 リツコはしてやったりと言った顔。

 だが、レイの言葉は終わっていなかった。

 『…けれど、条件があります。』
 「何だ。」
 『私の記憶は、全てそっくりサードに移植して下さい。』

 何を言っているの! 無理よ!
 リツコが声を上げる。
 そう、断言した。



 『・・・』
 「あなただって知っているでしょう? 記憶は定期的にしかバックアップしていないのよ。」
 『はい』
 「第一、それに感情データは一切含まれていないのよ。」

 『分かっています。でも、この記憶を…碇君と過ごした記憶、そして碇君からもらった感情を失うのには、耐えられません。』
 「だからといって、無理なことを…!」
 いつも冷静なリツコが、今回ばかりは感情を出しかけていた。

 リツコさん
 シンジが、なだめるべく声を掛ける。

 レイの言葉を聞いていて、シンジはレイの真意が理解できたような気がした。
 今度こそ、レイを助けたい。
 その思いが、口をついて出てきた。

 「僕が、手伝います」
 いつになく真剣な表情。
 こんなに真剣なシンジを見たのは、今までにないと思う。
 リツコは、それだけで圧倒されていた。



 「なんとかできるかも知れません。…いや、なんとかしてみせます。」
 一瞬、シンジなら…という考えが訪れる。

 『碇君…』
 「綾波。この間、僕は綾波に助けられた。…だから、今度は僕が綾波を助ける番だ」
 『でも…本当に、いいの? 碇君が危険になるかも知れないのよ。』
 「構わないよ。綾波は、自分の命を捨ててまでも僕を助けてくれたじゃないか。…それに…」
 ちょっと照れくさそうに、シンジは言いよどんだ。

 「綾波が微笑んでくれるのを、もう一度見たいから…」
 『! 碇君…。ありがとう…』

 「僕を、信じて。」
 『…うん。』

 「…行くぞ」
 「はい」
 『はい』

 そして、4人は出ていった。

 (シンジ、頑張って…。ファースト、絶対に帰ってくるのよ…)
 アスカは、彼らの後ろ姿を見送っていた…。




そして…


 ターミナルドグマ。

 脳を思わせるような大型の機械が鎮座している空間に、4人はやってきた。
 いつもながら、ここは暗い。
 LCLの海の向こう、ほのかに光る非常灯だけが明かりの源だった。

  GCTATTCGATAGACGCCTGCA…

 壁に描かれた終わりのない塩基配列を見ながら、リツコは手元のスイッチを入れた。

 LCLの海に明かりが灯る。

 そこに浮かぶは、20体程の綾波レイ。
 ただ、その眼には、明らかに生気がなかった。

 「…一体、運び出して下さい。僕は、外で準備しますから…」
 シンジはそう言い残して外へ。

 「一体、何をする気?」
 リツコが問う。

 「・・・」
 シンジは答えなかった。



 言葉通り、水槽からレイを一体引き上げたリツコとゲンドウは、レイの魂を引き連れて外へを出た。
 研究室を通り抜け、エヴァの墓場らしき場所へときた時。

 「リツコさん」
 声が掛けられた。
 無限に広がるかとも思えるその空間が、音を吸い込んでいった。
 しばらく後、反響が帰ってくる。

 リツコは、声の方を向いた。

 そこにあったのは、黄色く光る双眸。
 ライトアップも何もない中で、それがひときわ目立っていた。

 「シンジ君…」

 初号機はこちらに背を向ける。
 既にエントリープラグは準備されていた。

 「ここに、乗せて下さい。」
 シンジは言った。

 『・・・』
 無言で、レイの魂はプラグに入る。
 不安を隠しきれないが、どことなく希望に満ちた表情で。

 それを見て、ゲンドウが3人目となるはずのレイの身体をプラグに乗せる。
 魂のないその身体は、終始トロンとした微笑みを絶やさないでいた。

 「始めます…」

 バシュッ!

 エントリープラグが自動で挿入された。



 ヴン…

 LCLが注入され、プラグ内に明かりが灯った。
 それと共に聞こえ出す、低い音。

 周りの景色が、プラグの内壁から外の風景に変わる。

 ぞっとするような、墓場の景色。
 だが、レイにとっては見慣れたものの一つであった。

 聞き慣れた音を聞きながら、レイはだんだんと吸い込まれるような感じを覚えた。
 相変わらず「レイ」は、トロンとした瞳のままで。

 頭に、何かが入ってくる感覚。
 身の毛がよだつ、という感じではなく、むしろそれはレイを安心させてくれた。

 レイの意識は、何か暖かいものに包まれるように消えていく。
 不思議と、心配はなかった。
 全てをシンジに任せ、レイは目を閉じた。

 (碇君…)



 シンジは、精神を最大限に集中していた。
 少しでも精神干渉のレベルを誤ればレイの記憶は全て消えてしまうだろう。
 それどころか、レイ・サードの起動すら危うくなる。
 神経をすり減らしながら、シンジは慎重に慎重をかさねて作業を進めた。

 普段ならば、MAGIのサポートがあって初めてレイの立ち上げが完了するところをシンジは全て自分自身でやろうというのだから、リツコから見ればひどく無謀だった。
 しかし、シンジが見せたあの表情。
 あれは一体どこから来るのだろう。

 想いというのは、自信さえも与えてくれるのだろうか。
…とすれば…。

 リツコの思考は、どんどんと進んでいく。

 感情は、確かに必要なものなのかも知れない…。
 私たちは、あの子達にひどいことをしてきたものだ。

 自嘲。
 それは、ふっと声になった。

 気づくと、ゲンドウも、同じ顔をしていた。



 (…溶けていく感じ…)
 目を閉じたまま、レイは自分が消えていくのを感じた。
 身体に、だんだんとLCLの感触が感じられるようになってくる。

 もうすぐ。
 もうすぐだ。

 レイは、半ば祈るような気持ちだった。
 やはり不安感はぬぐい去れなかったのだろう。
 だが、ここまでくれば大丈夫と、レイは知っていた。

 シンジも、祈っていた。

 (あと少し…)
 作業自体は、レイから吸い上げた記憶を「レイ」に送り込むということの繰り返し。
 単調だが、かえって神経を使う仕事である。
 なにしろパーソナルデータの(微妙に異なるが)殆ど同じ人間が2人同時にプラグに入っており、片方は実体を伴わない存在と来たものだ。
 シンクロ対象を合わせるだけでも一苦労だ。

…そしてようやく記憶を、感情を移し終わる。
 最後に、レイの魂を吹き込んで作業は完成だ。

 (綾波…最後だよ。がんばって…)
 呼びかける。
 脳裏に響いたシンジの声に、レイは力を抜く。
 身体の感覚がハッキリしてくる。

 そして…。



 バシュッ!

 エントリープラグが初号機から排出された。
 それを自ら抜くと、通路にそっと置く。
 すぐにシンジは駆け寄り、ハッチを開いた。

 「綾波。…綾波!」
 呼ぶ。
 名前を、数回呼ぶ。

 さっきまで半開きの生気のない目をしていた「レイ」が、今は目を軽く閉じて息をしている。
 確かに、「レイ」は生きていた。

 だが。
 本当にレイの記憶は移っているのか。
 それは、実際に確かめないと分からない。
 もしだめだったら…。

 悪い方向に傾き掛ける想像を振り払い、シンジはレイの肩に手を置いた。

 「…綾波。」
 もう一度、呼ぶ。

 「あ…」
 レイは、目を開いた。



 ごく…

 唾を飲み込むシンジ。
 これでもしだめだったら…。
 悪い想像が、いくつも浮かぶ。

 震える声で、シンジは聞いた。

 「綾波。僕のこと、覚えてる?」
 「・・・」
 眠そうに、目をこする。
 レイは、瞬きをしてシンジの顔を見た。

 瞬間、破顔する。

 …碇君!
 顔一杯の笑みをたたえて、レイはシンジに抱きついた。

 「よかった…。綾波! 元の綾波だよね!」
 「ええ! ありがとう、碇君…」

 それを後ろで見ていたリツコも。
 ゲンドウでさえも、自然と柔らかな表情になっていた。

 「…綾波。」
 思い出したように、シンジは言った。

 「なに?」
 「…これからは、みんなで一緒に生きていこう。…全てが、終わるまで。みんなで、助け合って。」
 「・・・」

 「もう、決して別れることのないように…」
 「ええ…」
 レイは、シンジの胸に顔を埋める。

 しばらく、そのまま誰も動かなかった。
 墓場の空気が、なごんだようだった。



ver.-1.00 1997-xx/xx公開
ご意見・感想・誤字情報などは eva-01@testtype.vip.co.jp まで。


 あとがき

 あうー(^^;。
 結構ベタベタな展開になってしまった(^^;。
 いやー、お題見たときに、ギャグしか浮かんでこなかったんですけど、敢えてシリアスにしてみました。

 この話は、タイトル通り僕の連載「エヴァンゲリオン パラレルステージ」の更にパラレルワールドです。
 「EPS」第4話での分岐となっています。

 ですので、一部「EPS」の設定を用いています。
 「あれ?」と思うところがあれば、設定資料集をご参照下さい(^^;。

 感想、叱咤、激励、ご意見など、お聞かせ下さるとありがたいです。


 Tossy-2さん初の【オクトパすトーリー】作品、
 【オクトパすトーリー】第二弾『お題イラスト』1本目の作品、

 「涙…+α」、公開です。
 

 イラストの雰囲気からギャグ調作品が多いだろうと、私は予想(^^;

 大はずれ(^^;;;;
 

 ご自身の作品を分岐しての

 シリアスストーリー。
 

 生きていくために頑張ったレイちゃん、

 全てが上手く行きよかったですね。

 
 
 
 さあ、訪問者の皆さん。
 オクトパすトーリー第2弾の口火を切ったTossy-2さんに感想を!

 

 

 さあ、住人の皆さん。
 貴方も続きましょう!


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